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2009.07.30
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カテゴリ:昭和~・評論家

  『モオツァルト』小林秀雄(角川文庫)

 音楽関係(というより音楽を巡るエッセイ)の本が好きで、ブックオフなどで見つけると、つい買ってしまいます(但し高価でなければ)。
 
 今回の読書報告のこの本も、僕としてはその一環ですが、本ブログとしては、初めて正面から取り上げる芸術評論です。

 芸術評論は、時に思わず唸ってしまうような素晴らしい本に出会うこともありますが、実際はそんな本はあまりありません。(お前の読書生活が貧弱なだけだというご意見もありそうですがー、えー、まー、その通りでございますうー。)

 でも、わりと好きで読み続けるのは、読み手と書き手の、一冊の本を挟んで共有する前提条件のフィールドが、極めて広いからですね。

 簡単に言えば、モーツァルトの音楽の嫌いな人はモーツァルト論を書かないし、読者についても同様だということです。
 さらに読者の立場で言えば、そうでなくても好きなモーツァルトの音楽について、本を通しても楽しめるという、昔あったコマーシャル・コピーの「一粒で二度おいしい」状態であります。
 えー、お分かりいただけますでしょうかー。

 というわけで、小林秀雄です。
 この人くらいになりますと、小説家でなくても、取り上げるに充分ですよね。

 さて、この本そのものは、やはり昔から持っていたのですが、たぶん僕は初めて読むと思います。小林秀雄の美術関係の本は、かなり昔から読んでいたのに、音楽関係の本は初めてというのは、その頃の私の嗜好のもたらした結果でしょうね。

 今回、この角川の本の中に、「バッハ」というエッセイかな、そんなのが入っていることに気が付きました。で、実は、問題はこの「バッハ」なんですがー。

 小林秀雄は冒頭、アンナ・マグダレーナ・バッハ著『バッハの思い出』を取り上げて、すごく誉めあげているのです。ほとんど絶賛に近く。
 でもこの『バッハの思い出』という本は、バッハの二人目の妻、アンナ・マグダレーナ・バッハの名を騙った十九世紀のイギリスの女流作家が書いたのだろうと言うことが、現在ではほぼ定説となっています。

 しかし小林がこの文章を書いた頃はそれは「定説」というものではなかったらしく、小林は以下のようにそのことに触れています。

 「これは比類のない名著である。出典につき、疑わしい点があるという説もあるそうだが、そんなことはどうでもいいように思われる。僕にはそう考えるより他はなかった。バッハの子供を十三人も生んでみなければ、決してわからぬあるもの、そういうものが、この本にあるのが、僕にははっきり感じられたからである。」

 うーん、何というか、少しとまどってしまいます。

 芸術作品の真贋を見分けるというのが極めて難しいということは、かつてオランダの画家・フェルメールについて書かれた本を読んだときにも十分に感じたのですが、この度、「あの小林秀雄でもそうか」と考えてしまうと、決してレッテルに弱いつもりはなくても、少しとまどってしまいますね。

 だって、小林秀雄の独特な文章の展開と論理の飛躍は、その根本に真贋を厳しく見分ける彼の審美眼というものを置かないとすれば、全体が砂上の楼閣の如くこなごなに崩れてしまうような気がしませんかね。

 なかなか怖いものですな。
 しかし、こんなことって、きっと結構いっぱいあるんですよね。それがなぜ小林秀雄の場合だけ、とまどってしまうかというと、それはやはりこの人の意匠のせいでしょうね。

 例えば坂口安吾が同様のことを書いていたとしても、おそらく僕らはそんなに驚かない。いかにも「安吾的誤謬」であると、かえって安心して、そして、ますます(おっちょこちょいな)安吾が好きになってしまうような気がします。

 そういえば、小林秀雄は、今でも読まれているんでしょうかねぇ。
 僕が寡聞にして知らないだけなのかも知れませんが。いやぁ、生きている小説家も大変だとは思いますが、死んだ表現者もなかなか大変ですね。

 ということで、本の中にあった「モオツァルト」という評論については、ところどころさすがに感心する部分はありましたが、先に「バッハ」を読んだもので、ちょっと鼻白むところもあり、全体として大きな感動・感心がなかったのは、出会いの妙と言いますか、残念至極でありました。

 うーん、重ねて、残念。では。


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Last updated  2009.07.30 06:06:41
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