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2009.08.17
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  『人でなしの恋』江戸川乱歩(創元推理文庫)

 江戸川乱歩という人は、かなり気になる作家の一人でありますね。
 それは、おそらく僕ひとりのことではなく、少なくないまっとうな読書人(私除く)が何となくそう思っているんじゃないかというのは、そんな方々で、乱歩について発言ある方の文章の端々に、ちらちらと感じるからです。

 太宰治ならこんな時、こんな言い方をしますね。

 「――ひそひそ聞える。なんだか聞える。」

 これは太宰の『鴎』という短編小説の「副題」ですが、うーん、今更ながら、太宰治は言葉の天才ですねー。言葉の喚起するものがすごいですね。禍々しいまでの言葉の存在感であります。

 さて、閑話休題、江戸川乱歩です。
 冒頭に書きましたが、この方は、気になる作家ではありますが、その評価となると、かなり良かったり、またそうでもなかったり、「毀誉褒貶」の甚だしい人ですね。

 僕はちょっとだけ乱歩について調べてみたんですが、そもそもこの方の人生行路が、文学・小説に付いたり離れたりしていたみたいですね。
 
 そんな意味で言えば、もっと性根を据えて、腰を据えて、「この道以外に生きる道はない」くらいのつもりで頑張れば、「大作家」に成れたかも知れませんが、それは「岡目八目」、気楽な第三者だから言えることでしょうね。

 それではもう少し、「気楽な第三者」の立場で、ぐずぐず考えたいと思います。
 とはいえ、実は僕はほとんど江戸川乱歩は読んでいません。(情けなー。)

 小中学生の頃、怪人二十面相並びに少年探偵団絡みの本を何冊か読みました。
 友人に借りた古い本で、シミだらけで、装幀を見ただけでもう、おどろおどろしい感じがしたのを覚えています。

 でも、この「怪人二十面相」や「明智小五郎」という登場人物は、日本文学の中では数少ない「普通名詞」に成りかかっている、ある意味「大スター」であります。
 そんな作中人物って、日本文学中でいえば、あまりいませんよね。

 同じく推理小説で言えば、これも大物「金田一耕助」、純文学畑で言えば「坊っちゃん」。今でも「現役」なのは、これくらいじゃないですかね。
 (すでに「現役」じゃなくなっているのも入れれば、例えば「寛一・お宮」とか「姿三四郎」とか、大衆文学系で結構あるかも知れません。あと、歌舞伎の世界。)

 しかしこの一事を見ただけでも、江戸川乱歩の凄さが分かりますね。
 (ついでに漱石の凄さもわかりますね。「坊っちゃん」だけじゃないですものね。「赤シャツ」「山嵐」「うらなり」「野だいこ」など、現在でも通じる多彩・典型的なキャラクター輩出となっています。)

 あと、僕が読んだ乱歩作品の話ですが、随筆が数点と、高校時代に『陰獣』(これはほとんど内容は覚えていませんが、それでもとても面白くて、そしてめちゃめちゃ恐かった記憶があります)と、確か新潮文庫に短編の傑作選(これは、結構できが良かったですねー)があって、それを読みました。で、今回、冒頭の、十作ほどの短編集を読んでみました。

 読みながら、かなりあきれました。

 何にあきれたかというと、この十作は解説によると、大正十四年から十五年にかけての作となっています。ほぼ、時をおかない一年間のものであります。
 にもかかわらず、なぜ、こんなに作品の善し悪しに、本当に驚くほどの差が出るのでしょうか。それは全く、あっけにとられるほどであります。

 この中の作品で言うと、『人でなしの恋』『踊る一寸法師』『木馬は廻る』が圧倒的にいいです。他の七作に比べると、ストーリーもさることながら、文章力・描写力に至るまで、同一作家のほぼ同時期の作とは考えられないくらいです。
 繰り返しになりますが、この差は一体どこから来るのでしょうかねー。

 一つは、この作者の資質でしょうか。
 発表媒体の違いというよりも、ちょっと分裂気味な感じのする作者の資質だと思います。

 次に、これも大切だと思うのですが、こういった小説作品に対する、その時代の人々の大枠の評価(「期待度」といってもいいですか)です。

 書く方も読む方も、はっきり言うと、そんなに期待していない。つまり発表された作品が、玉石混淆、というか、出たとこ勝負のようなところが大いに見えます。
 (これは例えば、横溝正史の作品や、谷崎潤一郎の作品なんかにも、同じように感じられる雰囲気です。)

 で、上記の三作は、とてもできがいいと思うのですが、僕はふっと、大正の末ということで、梶井基次郎の『檸檬』を連想しました。
 ちょっと調べたらやはり大正末、十四年一月『青空』創刊号に『檸檬』は発表されているんですね。

 うーーん、何というか、比べるものが悪いのかとも思いますが、こうして比べてしまうと、『檸檬』の現代性には恐るべきものがありますね。
 いや、当たり前か。

 というわけで、乱歩は不思議な作家です。
 作品のできの善し悪しの差が、激しすぎる作家です。
 そして、なんだかひそひそ聞こえるような、とても気になる作家です。以上。


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Last updated  2009.08.17 07:07:58
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