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2009.10.20
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  『花影』大岡昇平(新潮文庫)

 上記小説報告の後半であります。
 前半では、「戦後派」作家として名高い筆者がなぜこんな小説を書いたのだろうと言う、まーいわば、僕のマンネリともいえる考え方と共に、この小説を読み始めというところまで進みました。

 なぜそんな事を疑問とするかということですが、その前にこの小説のストーリーですが、新潮文庫の裏表紙にある紹介文によるとこんな話であります。

 不幸な家庭に生まれついた葉子は、女学校を中退したあと、銀座のバーに女給として勤めるが、幼いままに固まってしまったような無邪気さと人の好さにひきつけられて男たちが集まってくる。彼女は幾人かの男たちと交渉を持った末に、何かに誘われるように自ら死に向かって歩み去っていく。

 外面的にはほぼこの通りの話です。
 どうですか、あの『野火』や『俘虜記』の大岡昇平が書く理由が分からないでしょう?

 もちろんまるで分からないわけではありません。
 その正体は、「虚無」です。

 第二次大戦後直ぐという時代背景で、その時代に「女給」であり、いわゆる「水商売」といわれる仕事の女が主人公です。偏見無しに語られる事のない仕事の女が、40歳を目前にして、たった一人で暮らしていたら、その女は何を考えるか。

 しかし、筆者はそんな女を描きながら、おそらくはこう言っているのだと思います。

 「ところで、この葉子と君と、一体どこが違うというのだい?」

 全くその通りですね。
 我々はすべからく無明の世界を手探りしつつ歩いているに過ぎません。

 しかし、にもかかわらず、僕は、筆者がそんな女性を主人公に据えた事に、今ひとつしっくりするものを持ちませんでした。

 そんな中年女の日常風景が、あたかも『野火』と同じレベルで、知的に克明に描かれているのを読みながら、僕は、全く小説家というものはいろんな事を知っていて、そして、実にうまく描くものだと、ぼんやり「当たり前」の様な事を考えていました。

 僕がこのことに一定「納得」できたのは、読了後、ついでに読んだ筆者の年譜で、母親が芸妓の出であり、また筆者自身が、若い頃女性関係の事も含めて、いわゆる「疾風怒濤」の時代を送ったのを知ってからでありました。

 それと並行して、僕は、読了後この作品について考える度に、じわじわと心にこみ上がってくる感情がある事に気づきました。
 それは、作品終盤の、自殺へ向かって一歩一歩日常生活を整理していく葉子の行動に見られる、どこか「甘さ」を含んだ哀切感でありました。

 この、なにか「懐かしさ」を伴った「いたましさ」は、かつても何かを読んだ時に感じました。それがなんであったのか、頭の片隅に変に引っかかったままで、気になって仕方なく、数日間何とはなしに考え続けて、はっと思い出しました。

 『二十歳の原点』高野悦子

 学園紛争の渦中に引きこまれ、揉まれ、傷つけられた高野悦子の、鉄道自殺を数日後に控えて描かれた日記記述。
 僕は、はからずも、この両作品にほぼ同様の読後感を持ちました。

 方や、一時代の日本文学の一流派を代表する「文豪」の作品であり、一方はベストセラーになったとはいえ、わずか二十歳の生前は無名の女子大生の私的な日記。

 業績については比較すべきもありませんが、しかし僕の中では、両者は見事に相似形に重なりました。
 高野悦子に、大岡昇平の影響関係があるか否か、僕は知りません。
 ただ、小説の面白さと不思議さを思うばかりであります。


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Last updated  2009.10.20 06:16:44
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