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カテゴリ:明治期・耽美主義
『吉野葛・蘆刈』谷崎潤一郎(岩波文庫) 上記作品報告の後編であります。 前回は、40歳を超えた谷崎潤一郎が、後に結婚する松子夫人に出会い、インスパイアーされて、一作一作、珠玉のような作品を書き始める、というところまで考えてみました。 そして、それらの珠玉作の根底にあった谷崎の女性観が、「母でもあり妻でもある女性」というものであると、考えかけたところまで報告いたしました。 「母でもあり妻でもある女性」 しかしよく考えれば、この「女性像」は、一種「男の永遠の理想的女性像」ではないかと考えるのですが、もし、それはお前が単に「マザ・コン」なだけだ、とお感じになる方は残念ながら、フロイトを頑張ってお読み下さい。 (とはいえ、実は僕もフロイトなんてほとんど読んでいません。孫引きの知識しかないんですがー。) さて谷崎は上記の「謎」をどのように解いたかの過程が、『吉野葛』に書いてあります。 言われてみれば「コロンブスの卵」なのかも知れませんが、要するに、「父の恋」を書けばいいわけですね。 なんだ、つまらぬ、とお感じになった方もいらっしゃるかと思いますが、それは私が身も蓋もなく、話の「芯」だけをこうして語ったからでありまして、この貧弱な「芯」を谷崎は天才的筆力でぐいぐいと語っていきます。 もう少し、細かく具体的に書いてみますと、こういう事です。 まず母が早くに亡くなります。言うまでもなく、息子である主人公が母を恋い焦がれ、慕うためであります。そしてやもめになった父に、若き頃の、「妻=母」への恋を語らせれば、それを聞く「私=息子=主人公」にとっては、母でもあり、恋人でもある女性の話を聞く事になるわけです。 冒頭の二作品において、谷崎は見事にそれを描ききりますが、しかし、やはりその女性像にはどこか、(グロテスクな)「歪さ」が残ります。 それを補ったのが、『吉野葛』の後の、『蘆刈』の絶品の文体であります。 それは、例えばこんな文体です。 おれはその日、最初にひとめ見たときから好もしい人だと思ったと父はよくそう申しましたがいったいその時分は男でも女でも婚期が早うござりましたのに父が総領でありながら二十八にもなって独身でおりましたのはえりこのみがはげしゅうござりまして降るようにあった縁談をみんなことわってしまったからなのでござりました。 この漢字と平仮名の絶妙な配分が作り出す効果たるや、読み進むほどに恐ろしいものがあります。 (この平仮名の「乱用」については、前年の『盲目物語』において、平仮名に漢字の振り仮名を当てるというアクロバティックな「芸」を、谷崎は見せています。) さて『蘆刈』であります。 本作の、『吉野葛』以上に巧妙な設定は、「父」の恋人を「母」にせず、「母の姉=義姉=私の叔母」に持っていったことであります。 そして、ここからが谷崎の真骨頂であるのですがそれは、さらにここに、『卍』の男女関係、そして晩年に描く事になる『鍵』の男女関係を持ってきた事であります。 つまり、「父」と「母」が一緒になって「母の姉」に拝跪しお仕えするという形にしたわけです。 この関係は、まさに、死ぬも地獄、生きるも地獄の愛欲を描いた『卍』と、全く相似形であります。 (そういう意味では、本作を『卍』のパロディと捉える事も可能であります。) ここにおいて、 (1)「母恋い」 (2)拝跪対象たる高貴な女性 という二系列の女性像の合体は、最初の完成型を見せる事になります。 (次の完成形は、もちろん天才作『春琴抄』における形です。) うーん、しかし、「濃いぃ」ですねー。 一体どこからこんな事を考えつくんでしょうねー。 「濃くて」そして、やはりかなり「歪(いびつ)」ですよねー。 これはやはり、一種の「禁断の恋」なんでしょうね。 三島由紀夫も『春の雪』で描きましたが、禁断の恋こそが最も燃え上がる恋であると。 『春琴抄』において佐助が、春琴が死ぬまで主従関係を崩さなかったのは、間違いなく佐助の側の狙いでありましょう。 現実における谷崎も松子夫人に対して、結婚後もこれに近い関係を最後までとり続けたと言います。もちろん谷崎の強固な意志によって。 にもかかわらず、松子との結婚をもって、結果的に谷崎の「傑作の森」が終わる形になるのは、なんと男と女の関係の複雑怪奇なところでありましょうか。 以降谷崎は、「円熟」等という形容で語られる作品は確かに少なからず残しましたが、この時期の、天才的な=何かに取り憑かれたような作品は、二度と描かれる事はありませんでした。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 /font> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.11.07 08:08:34
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