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2010.02.11
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  『広場の孤独』堀田善衛(新潮文庫)

 タイトルの上手な小説って、どんなのがあるでしょうね。
 しかし、こればっかりは、全くの個人の好みという感じもして、なかなか難しいようにも思います。
 
 以前、確か村上春樹が、漱石の小説のタイトルを誉めていた文章を読みました。
 そういわれれば、なるほどなーとも思いますが、漱石って、ほとんどタイトルに凝らないタイプの作家ではなかったですかね。

 『吾輩は猫である』ってのは冒頭の一文ですが、それをタイトルにするよう勧めたのは、高浜虚子でした。
 『門』は、弟子の小宮豊隆と森田草平が、ニーチェの『ツラトゥストラ』の本を当てずっぽうで開いたページから選んだと、何かで読みました。
 『彼岸過迄』に至っては、これは心覚えじゃないですか。この小説は彼岸過ぎの頃までの連載予定であるという。見事に内容と無関係であります。

 しかし、こうして並べて考えてみると、案外、漱石、タイトルに拘っているのかも知れませんね。そうかぁ、普通の逆をねらったかぁ、という。

 それに、おそらく漱石自身が考えたであろうタイトルは、確かにかっこいいと言われてみればかっこいいですよね。
 『明暗』『草枕』『坊っちゃん』『二百十日』『行人』『虞美人草』等々。

 えーっと、何の話でしたかね。
 タイトルの上手な小説についてでした。
 この『広場の孤独』というタイトルも、なかなかかっこいいですよね。
 詩情があって、なんかエキゾティックな感じもして。

 このタイトルの由来は、本文中に書いてあります。"Stranger in Town"の意訳だそうです。
 入れ子構造で、小説の中に出てくる小説のタイトル、「颱風の眼」のような小説だそうです。このように書いてあります。

 颱風を颱風として成立させている、颱風の中心にある眼の虚無を、外側の現実の風を描くことによってはっきりさせる――こうしておれの存在の中心にあるらしい虚点を現実のなかにひき出してみれば、おれは生身の存在たるおれを一層正確に見極めうるのではないか。

 この本は、一種の「思想小説」または「政治小説」であります。
 ただ珍しいのは、1950年がまともに背景になっていることです。

 そもそも僕が、戦後文学を近年幾つか読んだだけで、ほとんど知らないせいだとは思いますが、朝鮮戦争動乱期をまともに背景に持つ小説というものは、今まで読んだ覚えがないです。
 だから、この時期のインテリゲンチャの虚無を描いたこの小説についても、はじめは描かれていることの感覚的なものがちょっと掴みにくかったです。

 僕たちは、戦争期の小説ってのは案外読んでいるような気がします。結構たくさんあるからです。
 でも、戦争中のファシズムが一応終わり、デモクラシーの時代だと言われるようになり、ところがじわじわと「逆コース」で、朝鮮戦争が始まると「レッド・パージ」ですか。
 
 この短期間で、右から左また右へと大きく振れる時代の政治的イデオロギーの中で、確かに、インテリゲンチャは自らの思想的信念をどのように確立させていたのでしょうか。

 虚無か自己弁護か居直りか……。
 1950年という時に、特別なものを考えたことはありませんでしたが、これはなかなかいろんな問題を孕んだ時代であるようです。特に、その時代があまり描かれていないということについてだけでも。

 さて一方、そんな政治がまともにテーマの小説ですが、僕は、別にそんな小説を避けてきたという印象はないんですが、あまり読んでいません。
 プロレタリア小説はそうなのかも知れませんが、大枠の括りである政治思想そのものが作品に取り上げられることは、あまりないように思います。

 僕のかつて読んだ小説で、近い感覚のものを挙げれば、

  『裏声で歌へ君が代』丸谷才一

あたりですかね。なるほど、この作のテーマも「政治」でした。

 『広場の孤独』は、鋭いナイフのような切れ味の小説で、なかなかの作品だと思いますが、……うーん、ひょっとすると、政治がテーマの小説(特に「名作」)というのは、残念ながら近代・現代日本文学の中には、あまりないのかも知れませんね。

 かつて、「自然主義小説」の所でも触れたと思いますが、やはりそこに、日本文学の脆弱さ、ひ弱さの一端があるような気がします。


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Last updated  2010.02.11 10:38:04
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七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
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