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カテゴリ:昭和期・二次戦後派
『明日』井上光晴(集英社文庫) タイトルの副題に、 『一九四五年八月八日・長崎』 と、あります。 この副題の効果は大きいですねー。 実は、今回の報告のテーマは、僕は、この副題についてが中心になると思います。さほどに、この副題の持つ意味は大きいです。 言うまでもなく、長崎に二発目の原子爆弾が投下される前日を意味しています。 作者は、そのことを前提にしてこの小説を読んでくれと言っているんですね。しかし、そういった「注釈」は、果たして小説として「有効」なんでしょうか、いえ、それ以前に、そもそもこんな「注釈」は、小説として「あり」なんでしょうか。 今僕は、「あり」かと書きましたが、冷静に考えると、もちろん「あり」です。 小説とは本来、何をどのように書いてもよいジャンルである、という大向こうを張った定義を持ち出すまでもなく、現実にそんな副題の付いた小説はたくさんあります。 副題に「小説・○○伝」なんて付いているのが、そうですね。 ふーむ、では、そんなに考え込むような事じゃなかったのかしら。 でも僕は、今回この小説を読むに当たって、この副題を頭のどこかで絶えず触れないでは、一字一句読めませんでした。 もう少し具体的に考えてみますね。 あの強烈な破壊があったその前日、もちろん戦争中ではありましたが、軍事的建物や組織もなく、国の政治の中心でもなかった長崎の街にすむ市民たちは、実際はさほど大規模な戦争被害を受けることもなく、有事における「遠慮」をそれなりにしながら、当たり前の日常を当たり前に行なっていました。 作者はその様子を、登場人物による長崎弁を(必要以上と思えるほど)多用しつつ、実に淡々と書き続けます。 一軒の家に結婚式があります。その結婚式に参加した何家族かの生活を中心に、それぞれの仕事があり、出張があり、犯罪があり、小さなトラブルがあり、そして、終盤においては赤ん坊の出産までがあり、と、当たり前の日々には当たり前にあるようなことが、淡々と描かれていきます。 しかし読者は、例えば登場人物が八月十日に仕事予定を入れたという描写を読むだけで、もうその描写は当たり前の描写じゃなくなってしまうわけです。 その予定の不可能性を前提にすることなく、登場人物に感情移入ができないんですね。 八月九日の朝の出産のシーンなんて、まさにそんな思いの塊です。 本来何の変哲もない日常の描写が(しつこく書きますが、作者は実に効果的に淡々と書き続けます)、極めてスリリングになるわけです。 これは、「効果」としては、「なるほど、やられたなぁ」という風に素直に認めて良いものだとも思いますが、ただ、書かれていること尽くについてそうであるというのは、うーん、……いえ、どうなんでしょう。 この効果はどう評価すればいいのでしょうか。 「効果」といえば、この小説は10の章題に分かれていて、各章の始めは1ページを使ってシンプルに「1」「2」「3」……とだけ書かれています。 各章の内容は、上述しましたように、一つの結婚式に集まった幾家族の日常生活を、章ごとに時間をカット・バックして少し巻き戻しながら、八月八日に絞って並列的に描いています。 「7」「8」「9」と進んで、そして、最後の章題が「0」、八月九日であります。 これも上手といえば上手ですが、内容以前の部分で、なかなか凝った作りになっていますね。 さて、そんな「仕掛け」の小説でしたが、僕の読後感を言いますと、やはり少し読みにくかったです。八月八日の「効果」に引っかかりすぎて、登場人物の心情などをじっくり読むことが、少ししにくかったと感じました。 もちろんこの感想は、全く僕個人のもので、客観的根拠については、上記のような理由を考えはしましたが、ないといえば、何もないようなものでありますが。……。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 /font> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.02.16 06:22:35
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