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2010.04.01
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カテゴリ:昭和期・中間小説

  『後白河院』井上靖(新潮文庫)

 この筆者も亡くなられて、もうだいぶ時が経ちます。
 お写真を拝見致しまして、その風貌がいかにも正統的「著述業」といった感じで、なんというか、「現代日本文学の良心」みたいに、まー、僕は勝手に思っていたんですが、そんな方だったんですよね。

 だから、その作品は気にはなっていましたが、いわゆる「敬して遠ざける」といった思いが無きにしもあらずでした。はっきり言いますと、僕は今まであまり読んでいません。

 二作くらいですかね、ひとつは、『天平の甍』
 この小説は、非常に綿密にきちきちと書き込んだ、いかにも正統的なとてもいい小説だとは思いましたが、しかしかなり地味な小説ですよねー。

 娘がかつて通っていた高校に「課題図書リスト」みたいなのがあって、その中にこの小説が入っていました。
 僕はそれを見て、この本は今の高校生が読んでもあまり面白くないだろう、第一、最後まで読めるのだろうかと思ってしまったんですが、そんなことないんでしょうかね。

 次に僕がもう一冊読んだ本は、『あすなろ物語』でした。
 この小説は「教養小説」ということで、「現代日本文学の良心」の作家にいかにも相応しかろうと読んでみましたが、うーん、こっちはもうひとつ、感心しませんでしたねー。

 少し不完全燃焼な気がしました。というのも、各40ページほどの6つの章からできており、それぞれが、幼年時代・小学生あたり・旧制高校生あたり・仕事につき始めの頃、という感じのエピソードの集まりになっているんですね。

 しかし各エピソードにこれだけの分量では、やはり充分に深く書き込めないでしょう。だから、少し中途半端で不完全な感じが残りました。

 そんな経緯がちょっと前にありまして、僕は今回、久しぶりに井上靖氏を読んでみました。
 主人公は、その時代の「日本国第一の大天狗」、後白河院であります。時代小説ですね。

 筆者は、各章ごとに語り手を配し、全4章で4人の語り手に時代を語らせる中から、後白河院の人となりを浮かび上がらせるという手法を用いています。
 この手法は、さほど珍しいというわけではありませんが、後白河院を描くということで言えば、手法自体がいかにも院の政治手法を彷彿とさせるようで、僕も思わず「日本権力の二重構造」なんて言葉を思い出しました。

 「日本権力の二重構造」とは、代々の日本歴史上の、実際の権力者と天皇家との関係を述べている言葉ですね。

 ところで僕は、歴史や社会科学についてはほとんど知識の持ち合わせが無く(といって、持ち合わせのある分野が外にあるわけでもないんですがー)、間違った理解をしていないか少し不安なんですが、要するに、漫才の「ボケとつっこみ」のことですね。

 (あのー、もうすでに間違っているような気もしないでもないんですが、誠にすみませんが、その程度の知識の持ち主とご理解の上、お読みいただけますれば幸いですう。)

 僕が理解しまするに、「夫婦漫才」のようなこの「権力の二重構造」は、別に日本のオリジナルではありません。
 しかし、そこにユニークさがあるとすれば、日本はそれを、人間二人でやっていたということですね。多くの国は、「人間+神(の預言者)」でやっていたようです。
 (そんな風に見ますと、明治以降の天皇の急速な神格化政策は、やはり西洋文明移入の一環だったんでしょうね。「人間+神」に切り替えようとしました。)

 さて、本作品内容にもう少し近づいてみます。
 この時代(平安末期)、実際的な権力を持たない院側が生き残るには、都に次々と入ってくる武家勢力(平氏・木曾義仲・源義経等)に、次々と靡く振りをするという方法しかなかったのでありましょうが、一方武家勢力も、そんなことを承知しながらも、なぜ院の存在を認めてきたかというと、それは、時代にまだ「古代的大義」を認める伝統が残っていたからですね。
 この「古代的大義」は、次の『太平記』の時代には、かなり失われてしまいます。
 (ただしそれが全くなくならず、日本歴史の中に連綿と生き続けたことは、やはり日本文化としての「権力の二重構造」の粘り腰ゆえでありましょうね。)

 作品の終盤、院の死を語る前後の描写に漂う哀愁は、まさにそのまま「古代的=貴族的」価値観の崩壊への鎮魂と重なります。そこを井上靖氏(「現代日本文学の良心」作家)は、『天平の甍』同様、実に丁寧に正統的にきっちりと書き込んでいきます。

 そしてこの労作の文体こそが、凡百の時代小説とは一線を画した、優れた時代小説としての本作を作り出しているのだと、僕は考えるのでありました。


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Last updated  2010.04.01 07:07:32
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