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2010.12.11
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カテゴリ:昭和期・中間小説

  『忍ぶ川』三浦哲郎(新潮文庫)

 今年、この筆者もお亡くなりになられましたね。
 そのニュースが出た時、少し「おや」と思いましたが、いかんせん、この筆者の作品を一作も読んだことがなかったので、それ以上は何とも思えませんでした。

 今となってはかなり昔、おそらく社会人に成り立ての頃でしょうか、私は大学時代の友人と飲んでいまして、先輩になる人から三浦哲郎の話が出たのを覚えています。

 まだ大学を出たての頃の、文学部出身の連中による飲み会であります。
 いろんな話が出たでしょうが、その時の話題は現在覚えている範囲で言いますと、「破局に至らぬ恋愛至上主義は可能か」というテーマでした。(まー、今となってはどうでもいいですが、何というか、うーん、いかにもどーしょーもない「文学青年崩れ」ですなー。)
 酔っぱらった私の意見は、以下のようでありました。

 そんな厚かましいテーマで小説を書ききることの出来る作家は、日本文学にはおそらく一人しかいないだろう。
 谷崎潤一郎である。『春琴抄』がその典型であるが、「マゾヒズム」というものは、究極の所、幸福な人生を生きる鍵であるかも知れぬな、とかなんとか。

 その時、上記の先輩が言いました。
 「三浦哲郎の『白夜を旅する人々』なんかはどうだ。」

 しかしその後の展開については記憶が曖昧でありまして、まー、何と言ってもその作品を読んでいなかったものだから(今でも読んでいませんが)、たぶんふにゃふにゃとごまかして話題が変わっていったのだと思います。
 (今回『忍ぶ川』を読んだついでに『白夜を…』に触れている文章も少し見たのですが、『白夜を…』って、そんな話なの?)

 さて、そんな三浦哲郎の『忍ぶ川』ですが、私が今まで本作を読まなかったのは、何度か映画化されていたせいであったのではないかと考えました。(それがひいては『白夜を…』も読んでいない理由でもあるんですが。)
 特に私が覚えているのは、栗原小巻と加藤剛のキャスティングでしたか、栗原小巻の「体当たりの演技」ってのが少し評判になった、その映画のせいですね。

 今以上に「歪んだバイアス」のかかった価値観を有していた若い時の私は、そんな栗原小巻の裸(!)が見られるような「文芸作品」の原作なんかに、ほとんど文学的価値を見いださなかったんですね。(うーん、若いということは、愚かと言うよりも、むしろ悲しいことですなー。)

 そんなわけで、今更になって初めてこの「純愛小説」を読んだのですが、この短編集には七つの作品が収録されているんですが、そのうちの六作までが、何らかの形で芥川賞受賞作『忍ぶ川』の連作です。
 それは、当時「私小説」と言われた、筆者自身と奥さんがモデルのの純愛小説です。
 ただ、テーマは連作を通して微妙に別のものに移行していきます。

 それは、まー、当たり前でもありましょう。
 冒頭の「破局に至らぬ恋愛至上主義小説」ではありませんが、女房との純愛が主題の小説が、厚かましく何作も描けるとは思えません。(谷崎は別格。いや、そうとも言えませんかね。谷崎も実のところ、女房との「純愛=マゾヒズム」ばかりを書いていたわけではありません。)

 途中からクローズアップされていくテーマは、「血族」であります。
 そしてこの「血族」のテーマについては、筆者は、実に何度も何度も、自らの記憶を振り返るようにしながら書き継いでいきます。

 筆者は、青森出身でいらっしゃるようです。
 青森と言えば、なるほど、少々形は違いますが、同郷者・太宰治がこだわる「津島家の人々」。太宰の作品の半分くらいには、このテーマが色濃く影を落としているように思います。

 東北の方は一般的に粘り強いと言われているようですね。
 しかしこの筆者のしつこいほどの繰り返しには、少々違和感がないわけではありませんが(いかんせん私は軽薄者の多い上方出身者であります)、鉱脈を一つ探り当てると徹底的にそれを掘り起こし追及するという姿勢は、大いに学ぶべきものがあると思いました。

 つまり、そんな、やはり栗原小巻が「体当たりの演技」をするに相応しい、しっとりとした昭和の代表的「純愛小説」ではありました。

 最後に。上記にもちらりと触れていますが、この短編集には一作だけ、傾向も内容も他と大きく異なっている作品が収録されています。
 『驢馬』という小説なんですが、なぜそんな小説が一作だけ紛れ込むように入ったんでしょうかね。

 太平洋戦争中、中国から留学に来た青年の物語ですが、読んでいてうんざりするほどの、その頃の一般的日本人による中国人差別が描かれています。
 しかし、梅崎春生の『桜島』を髣髴とさせるような骨太のリアリズムで描かれた、なかなか迫力ある作品になっていると思いました。

 なぜこの一作だけが入っているのか、読者にはよく分からないながら、きっと筆者の中では整合性のある共通項なり相似するものがあるのでしょうね。
 こういう作品を一つだけぽつんと入れておくというのも、謎めいていて、なんだか少し面白いですね。


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Last updated  2010.12.11 11:53:02
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