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2011.02.09
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カテゴリ:大正期・白樺派

  『その妹』武者小路実篤(岩波文庫)

 本ブログでも、武者小路実篤の幾つかの作品について、すでに読書報告をしました。
 そしてそのすべてにおいて、基本的なトーンは「武者小路実篤はえらい」という、少し考えればとても失礼な言い回しでありました。反省いたします。改めて、大いに反省いたします。

 その「武者小路実篤は偉い」という色合いを、もう少しまじめに書くならば、武者小路の理想主義について、私は、一方では確かに素晴らしいものだと本気では思いつつも、しかし、文学作品としての具体的定着を目指すには、やはり少々楽天的すぎるのではないか、という「あなどり」であります。(困ったものですなー、わたくし。)

 さて今回の読書(今回の作品は戯曲です)につきましても、やはりそういった思いを実は最初持ちつつ、冒頭に「自序」というものがあったので、読んでみました。こんな事が書かれてありました。

 これは私が三十一の正月鵠沼で書いたものだ。私はこれを書きながらずいぶん泣いた。往来や海岸を歩いて考えていると涙が出て来て困った。私は泣きながら書くことはずいぶんあるがこの作ほど泣いて書いたものはない。
 泣きながら書くということは自慢にはなるまい。だが事実である。この作の長所も短所も泣きすぎたところにあるかもしれない。


 私はこの文章を読んで、思わず「ぎゃはは」と笑ってしまいました。すみません。
 でも、武者小路がこんな文を書くと笑ってしまいません?
 きっと、武者氏は本当に泣きながら書いていたんだろーなーと、大いに想像できてしまうんですよねー。
 でもでも、こういった素直で素朴な表現こそが、例えば、芥川龍之介が言ったという、「文壇の天窓を開いた」(こんな言い回しだったと思うのですが)という武者小路評の本来の意味なんですよね。

 私は一概に武者小路氏を侮っているのではなく、氏の理想主義的「言動」に対して、一作一作読むたびに、向日的なわくわくした思いを増やしつつあったのでありました。

 ところがさて、今回の戯曲であります。
 えーっ! 武者小路らしくないーっ!
 俄然「バッド・エンド」ではないですか。
 しかしそれにも増して、特に後半部「のほほん」武者小路らしくない展開がいかにもドラマティックに進行していくのに、私はあっけにとられてしまいました。

 両親の既に亡くなった兄妹です。
 兄(広次)は新進画家として未来を嘱望され、次々と作品を発表し始めるという矢先に戦争に取られ、あろうことか、失明して帰ってきます。
 二人は叔父の家に世話になっていましたが、妹(静子)に望まぬ結婚を叔母が持ち出し、それを機に二人は叔父宅を出、友人の経済的援助を受けつつ、兄は妹に口述筆記をして貰いながら小説家を目指します。

 しかし、前途はいっこうに開けず、元々貧しい友人からの援助ももはや尽きようとし、妹はこっそりと、己が犠牲になって望まぬ結婚を受けようと叔父の家に行きます。
 その日の夕べ、妹のそんな行動をそれとなく悟った兄が、次の小説だといって口述筆記をさせます。兄の語る物語は、今の自分たちと同じ境遇で進んでいきます。……

 広次・「おれは苦しい。おれの理想は早く自分の仕事で食べるようになることだ。
   自分の力で自分たちの運命を荷なえるようになることだ」「お前にそれができ
   るか」「できないことはないと思う」「ほんとうにか」「おれだって男だ。そ
   うして妹がいる。おれは死にもの狂いだ。もう一歩という所にいてくたばり
   切るような男ではない。侮辱と誤解はおれをさびしくする。おれの書いたも
   のは恐ろしい悪口を言われた。救われないもののように言われた。だがおれ
   はそれでくたばり切って、最初の一念を通さないような男ではない」「君の妹
   は?」「妹だっておれの妹だ。金のために、いやな男に一生を売るような女じ
   ゃない」(静子声出して泣く)
 広次・なぜ泣くのだ。泣くことはないじゃないか。おれを哀れむのか。おれは哀
   れまれたくない。泣くやつがあるか。書け。
 静子・は、はい。
 広次・「妹だっておれの妹だ。金のためにいやな男に一生を売るような女ではない。
   およそそれは卑しいことだ。淫売婦になることは一瞬間を売ることなら、妻に
   なることは一生を売ることだ。それはこの上なく恥ずべきことだ。妹はそんな
   妹ではない」なぜそんなに泣くのだ。黙っていてはわからないじゃないか。お
   前はやはり、おれが心配していたように下等な心をもっていたのだな。それで
   やましいのだな。まさか叔父さんの所へ行きはしまいね。(間)なぜ黙ってい
   るのだ。


 本当はもう少し抜き出したいのですが、ここまででも十分読みとれる、この圧倒的なドラマツルギーはどうでしょう。とても「ぽやーっと」善人・武者小路とは思えない、人の悪い素晴らしい場面創造であります。

 読み終えてもう一度、「自序」を読み直しました。
 後半にこんな表現があります。

 しかし書きだしたらこんなものになったと言うのがほんとうで静子がこんな結果に落ち入らないよう自分はずいぶん骨折ったが、当時の僕はそれよりほかなかったのだ。

 やはり武者小路らしい好感溢れる文章ですよねー。
 私は改めて、わんわん泣きながら登場人物を何とかしようとあたふたしている筆者を目前に見るような気がしました。
 やっぱり、武者小路実篤は偉い、武者小路実篤はすごい!


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Last updated  2011.02.09 06:26:51
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