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2011.04.20
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カテゴリ:昭和~・評論家

  『無常といふ事』小林秀雄(角川文庫)

 作家清水義範の小説に、『国語入試問題必勝法』という「怪作」があります。
 国語が苦手な受験生のもとに、受験指導のスーパーティーチャーのような家庭教師がやってきて、快刀乱麻に現代文の受験問題を裁っていくというもので、とっても面白く、私は本当に爆笑しながら読みました。(この作品は、吉川英治文学新人賞を受賞し、実質的な清水義範の出世作になりました。)

 その中に(今となっては少々細部は覚えていないのですが)、現代文ドリルに向かった主人公がどうにも問題が解けず、頭を抱える場面があります。
 そしてその場面で、彼はこんな風に考えるんですね。
 一つ一つの単語の意味はどうにか分かる。ところがそれが繋がっていき、一連の文になってしまうと、どうしてこうも全くわけが分からなくなってしまうのだろうか、と嘆くシーンであります。

 さて、小林秀雄です。
 私どもが受験生であった、えーっと、えーっと、もう四半世紀以上、半世紀未満の頃でありますが、現代文評論の難物といえば、それはもー、圧倒的に小林秀雄でしたねー。

 今思い出しても、実は少し怯んでしまいます。
 だって本当に、上記の清水義範の小説の主人公の嘆きそのものでありましたから。
 例えばこんな文章。

 鈍刀を使つて彫られた名作のほんの一例を引いて書かう。これは全文である。
 「因幡の国に、何の入道とかや云ふ者の娘容美しと聞きて、人数多言ひわたりけれども、この娘、唯栗のみ食ひて、更に米の類を食はざりければ、斯る異様の者、人に見ゆべきにあらずとて、親、許さざりけり」
 これは珍談ではない。徒然なる心がどんなに沢山な事を感じ、どんなに沢山な事を言はずに我慢したか。(『徒然草』)


 この文は有名な『徒然草』の最後の部分でありますが、……ふーむ、こうして書き出してみると、何といいますか、何となく、わかるような気が……。

 うーん。高校生の頃はさっぱり分からなかったんですが、年を取ったせいですかねー、うっすらと小林秀雄の言わんとしていることが分かるような気がします。えらいものですねー。

 さて今回この一連の随想とでもいう文章を読み、つくずく思ったのですが、これは小林秀雄の「詩的表白」であり、もしも近いジャンルのものを挙げると、「散文詩」がそうじゃないか、ということであります。

 そもそもが随想なのですから、筆者は作品分析というよりは好き勝手に書いているんですが、その好き勝手さが、いかにも逆説的な「小林秀雄的」であり、「詩的表白的」なんですね。
 こんなアクロバットのような文章を、厳密な日本語表現の論理的文章と勘違いする(受験に用いて学生に勘違いさせる)から、現代文がわかんなくなるんですよねー。

 いったい誰が、例えば西脇順三郎の詩集『Ambarvalia』を、完璧に文章論理性だけで読み解けましょうか。
 考えれば、つい三十年ほど前のことなのに、とっても「野蛮」な時代だったんですねー。
 (で、今は、大丈夫なのかしら?)

 さて、本文庫に収録されている作品はこの六作です。

   『當麻』『無常といふ事』『徒然草』『平家物語』『西行』『実朝』

 この一連の作品は、総て昭和十七年と十八年の間に発表されていますが、小林秀雄四十才と四十一才であります。
 恐ろしいほどの発想並びに文章の切れ味と、円熟への第一歩を踏み出す立ち位置にいた筆者は、これらの作品を通じて、一貫して近代的な理性に対する不信感を描いていきます。
 そしてその一方で、西行の姿、実朝の姿に、「無垢な精神」の価値を見ると共に、近代的自意識の苦悩、つまり「孤独な精神」の行方を思いはかります。

 彼のこの姿は、幸か不幸か、見事に彼を取り巻いていた日本の時代情勢をあぶり出し、その中で生き続ける、どちらかといえば保守的・伝統的な生き方の「不安」(この時代、「不安」でなかった生き方などがあったとは思えませんが)をトレースしています。

 これは、鋭敏な精神と知性が時代にシンクロナイズした作品と捉えるべきなのか、はた、時代などとは無関係な詩人の魂の永遠の表白なのか。

 ともあれ、小林秀雄の文章・作品は、受験生のような世間知らず・人生知らずな若造には(もちろんこれは私のことであります)、いかにも難物であったでしょうが、やはり「本物」の、歴史の「本道」を、堂々と歩んでいる作品だと認めざるを得ないと、もはや薹が立った受験生OBは考えるのでありました。


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Last updated  2011.04.20 06:26:38
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