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2011.04.30
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カテゴリ:明治期・明治末期

  『東京日記』内田百けん(岩波文庫)

 かつて、「怪獣の黎明期」(ヘンな言い方ですね)のテレビドラマに、『ウルトラQ』という「名作」がありました。
 リアルタイムで鑑賞した年齢層の方はとても懐かしいでしょうし、リアルタイムでなくても、怪獣を扱ったドラマや映画の「永遠の名作」のような作品ですから、多くの年代の方々の鑑賞がきっとあることだと思いますが、さて、その『ウルトラQ』であります。

 作品の冒頭、独特の雰囲気のBGMの中、石坂浩二氏のナレーションが入ってきますが、いやー、あれが良かったですねー。
 もう詳しい言い回しは忘れてしまったのですが(すみません。きっとすらすら言える方が、そーですねー、日本人口の5%くらいいらっしゃるんじゃないでしょーか)、いやー、いやー、ほんと、素晴らしかったです。(と、このように少し思い出しただけでこんなに興奮してしまうくらいの素晴らしさであります。)

 さてそのナレーションの中に多分あった言葉「ウルトラ・ゾーン」(えっ? 「ウルトラ・ワールド」?)と本当によく似た「ゾーン」が、今回報告する文庫本の中にあります。
 「内田百けんゾーン」であります。

 (前回は何も考えずに「百けんワールド」と書きましたが、石坂浩二氏の名ナレーションにあやかって「百けんゾーン」に表記を統一したいと思いますー。)

 さて申し遅れましたが、冒頭の短編小説集の読書報告について、前回の続きです。
 前回書いていたことは、「日本近代文学と恐怖」であります。
 (それだけしか書いてなかったのかと質問しないで。本当はそれすらも書いてなかったんですから。)

 日本近代文学と恐怖

 この二つのテーマが挙げられると、必ず出てくる定番作品が、この百けん作品であります。
 作品の評価の高さは、もはやほぼ万人の認めるところでありますが、しかし、改めてなぜこんなに怖いのだろうと考えると、どうも、それについては分析の余地がありそうだと、今回、百けん作品を読んで改めて思った次第であります。

 百けん恐怖小説中の「白眉」といえば、これも評価はすでに定まっています。

  『サラサーテの盤』

 高評価というよりは、表現者にとってほとんど「垂涎の的」といえそうな、そんな信仰告白をした作家のエッセイをいくつか読んだ記憶があります。
 本文庫にも収録されているこの名作を取り上げて、ちょっと考えてみたいと思います。

 宵の口は閉め切った雨戸を外から叩く様にがたがた云わしていた風がいつの間にか止んで、気がついて見ると家のまわりに何の物音もしない。しんしんと静まり返った儘、もっと静かな所へ次第に沈み込んで行く様な気配である。机に肱を突いて何を考えていると云う事もない。纏まりのない事に頭の中が段段鋭くなって気持が澄んで来る様で、しかし目蓋は重たい。坐っている頭の上の屋根の棟の天辺で小さな固い音がした。瓦の上を小石が転がっていると思った。ころころと云う音が次第に速くなって庇に近づいた瞬間、はっとして身ぶるいがした。庇をすべって庭の土に落ちたと思ったら、落ちた音を聞くか聞かないかに総身の毛が一本立ちになる様な気がした。気を落ちつけていたが、座のまわりが引き締まる様でじっとしていられないから立って茶の間へ行こうとした。物音を聞いて向うから襖を開けた家内が、あっと云った。
 「まっさおな顔をして、どうしたのです」


 『サラサーテの盤』の冒頭部です。これだけで「一」の章立ての全文です。この後「二」の章立てになって、話題は別のものに振れていきます。

 しかしまったく、この文章だけでもう、なんだかとても怖いですね。
 本当にこの怖さの正体は、いったい何なのですかね。

 具体的な怖さの対象を挙げるなら(挙げられるとして)、それは「瓦の上を小石が転がっていると思った。ころころと云う音が次第に速くなって庇に近づいた瞬間」ってところですかね。
 ここから一種の「恐怖」を読みとる感性は、まるで分からないわけではありませんね。

 例えば、古い朽ちかけた井戸の中に、小石を落としてみます。
 小石が風を切って井戸を落ちていく音が、井戸の空洞で増幅されて「ひゅぅー」と聞こえます。それに耳を澄ませます。もう、小石が底に落ちる音がするだろう、もうするだろう、今にもするだろう、今にも……という空白の瞬間!

 そんな瞬間の「恐怖」は、分からないでもないですよね。
 しかし、そんな微かな精神のヒダのような感情を、読者に増幅して味あわせているのは、実は筆者の先回りした解説表現ではないでしょうか。

 「解説表現」とはまた、変な用語を持ち出してしまいましたが、こんな表現のことです。

 「次第に沈み込んで行く様な気配」
 「はっとして身ぶるいがした」
 「総身の毛が一本立ちになる様な気がした」
 「じっとしていられない」
 「家内が、あっと云った」
 「『まっさおな顔をして、どうしたのです』」


 えー、さらに、次回に続きます。


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Last updated  2011.04.30 07:19:53
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