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2011.05.25
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カテゴリ:大正期・白樺派

  『友情』武者小路実篤(岩波文庫)

 上記近代日本文学史上の「超」有名小説の読書報告後半であります。
 前回私が述べていたのは、不思議なことでありました。

 「本作は感動できない構図を内蔵している作品である。」

 なんか、こんな書き方をすれば、とっても興味深いですね。
 事実興味深いので、わたくしもこの小説に関していろいろと考えたのですが、例えば本作は今でも、「青春時代の必読書」みたいな扱いをされているような気がするんですが、どうなんでしょうか。「新潮文庫・夏の百選」みたいなのに、今でも入っていたりしているんじゃないでしょうか。

 実は前回、私が本作に対してアプローチした角度は、本作は若者が読んでも分からないのじゃないかと言うことでした。(ただし、分からないからダメなのかと言えば、そこはビミョーなところでありまして。)
 そして、さらに不思議なことには、では年輩者が読めば分かるかと言えば、分かりはするだろうけれど、この年で分かったところでもう遅い(「遅い」は言い過ぎでしょうかね)、ということでした。
 前回そのことを、こんな風に書きました。

 「感動するはずの世代の者には侮られ、感動できるようになった時には、既にその世代には感動する能力がない。」

 ただ、にもかかわらず、上記のように本作が今でも「青春時代の必読書」のような扱いを受けているのは、それは小説に対して「すれっからし」になり、感動する能力ももはや失ってしまった年輩者(手練れな読み手)が、それでも本作の上質さについては認めざるを得ず、そしてかつての自分のことをすっかり棚に上げて、純粋な若者ならきっと本作に感動するだろうと「錯覚」して推薦するからに他なりません。
 (ところが若者は本作を読んで、本作の持つアンビバレンツな力のせいで、本作並びにこの作家のことを嫌ってしまいます。)

 えー、私は本作を極めて極めて高く評価しているんですが、こんな書き方でおわかりいただけるでしょうか。
 実際こんな拗くれた書き方をせざるを得ないような「複雑さ」を、本来この小説は持っていると、私は思います。

 ところで、上記のような評価が、決して私の独りよがりではないということが分かる表現があります。
 かつて芥川龍之介が、武者小路実篤のことを評価していった表現ですね。

 「文壇の天窓を開いた。」

 この表現の「屈折度」には、なかなかのものがありますね。
 これは、ストレートに認めがたくも、しかし明らかに上質なものに対する評価だと思いませんでしょうか。
 武者小路の本来の面目は、こんな「スキマ産業」のような、見方によってはかなり「したたかな」ところにあったのであります。

 さて、冒頭の小説自体から少し離れてしまったので戻そうと思いますが、とにかく本作は見事な出来であります。
 私は、この小説に破綻がほぼないことに感心しました。(小説と破綻は、梅に鶯、月に群雲のごとき付き物であります。漱石の小説なんか、ほぼ全作破綻を抱えています。)

 ただ、一点、気になるところがありました。
 それは、武者小路の持つ「ねじれ」というよりは、時代的な限界という要素の方が強いのかとも思いますが、作品に表れている「女性観・結婚観」についてであります。

 これは、今の時代の価値観から過去を批評し「野蛮」であるとか「未熟」であるとかいう愚かさに似ていますが、しかし本当のところは、現代に至るも、そういった「ねじれ」はいっこうに解決していないものであります。
 じゃあ、それは作品の「瑕疵」ではないではないかとも思いますが、まー、なるほど、個人の好みみたいなものなんでしょうかね。

 最後に、読んでいてこれはなかなか凄いと思ったところを一ヶ所だけ挙げておきますね。
 有名なピンポンの場面なんかはたいした物とは思いませんでしたが、このやりとりのシーンはかなり迫力があると思いました。

 野島は主人公、杉子に片思いをしています。大宮は野島の親友、二人はお互いに信頼し合っていますが、彼はこの度単身ヨーロッパに留学しようとしています。武子は大宮の腹違いの妹です。

 「妾もゆきたいわ。何でもよろしいから、あちらにいらっしたら、何か送って頂戴ね」杉子は甘えるようにいった。
 「僕は無精ですから御約束は出来ません」
 「それでも野島さんには何でもお送りになるでしょ」
 「野島は別です」
 「武子さんには」
 「武子の母にたのまれれば」
 「妾がおたのみしたのでは駄目」
 「駄目です。しかし何かほしいものがあったら野島におたのみなさい」
 杉子はそれには答えないで黙ってしまった。
 野島は大宮の頑固なのにおどろいた。自分が大宮の位置にいてもああきっぱりはいえないと思った。嘘がつけない点ではお互にまけないまでも。野島の方が頑固のこともあるが、道徳的潔癖では大宮には敵わないと思った。


 どうですか。
 懐にドスでも呑んでいるような、凄みのある遣り取りではありませんか。


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Last updated  2011.05.25 06:15:19
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