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analog純文

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2012.02.01
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  『音楽』三島由紀夫(新潮文庫)

 この小説のテーマは、たぶん二つです。いえ、この二つはかなり重なっているところがありますから一つと言ってもいいのですが、とりあえず二つにしておきます。これです。

  (1)精神分析  (2)性

 一見楽しそうなテーマだと思いつつも、真剣に考えれば、実はなかなか大変そうなテーマですね。

 ところが、というのか何というのか、現代文学きっての秀才の三島由紀夫は、実はさほど真剣に、このテーマを本作でえぐり出そうとしているわけではありません。
 本作は、例えば『仮面の告白』や『金閣寺』なんかとはかなり違って、基本的にエンターテイメントなんですね。
 しかし、だからこそそこに、私としては、考えるところがないわけではありません。

 その一つは、上記テーマの「精神分析」についてであります。
 と、書き出したところで、自分自身がこのテーマについて、ほぼど素人であることを改めて確認し、少し逡巡していますがー、……まー、無知と厚かましいのは私の性分として、少しだけ書いてみますね。

 むかーし、たぶん大学の一般教養授業で聞いたのではなかったかと思うんですが、自然科学の授業でこんな事を聞きました。(えー、エキスキューズですがー、なにしろ聞いたのが古い上に、その記憶も不正確でありそうで、これまた少し困っているんですがー。)

 ダーウィンの「進化論」は、いまだアメリカのある州などにおいては正しい学問として認められていない、と。また、「進化論」は「論」であって、「理論」ではない、と。
 「論」と「理論」の間に、どれほど越えられない深くて暗い河があるのか、私は寡聞にして知らないのですが、聞くところによりますと科学で大切なのは「再現性」である、と。

 正しいやり方で実験をすれば、世界中誰がどこでやっても同じ結果が出るということが科学にとって大切な事だそうで、私のように科学についてほぼ「白痴的」人生を送ってきた者には、さすが科学は「科学的」な気がするな、と、これまたほとんど「白痴的」な感想を持つのでありました。

 そして、精神分析であります。
 本作品が雑誌に連載されていたのが1964年(昭和39年)ということですから、その後精神分析も格段の飛躍を遂げたことでありましょうが、この辺のことはどうなっているんでしょうね。きっと、きちんと整合性の取れた状態となっているんだと思いますが、本書で精神分析的な理論に触れているところを読むと、どうも胡散臭いと思ってしまう私は、偏見の塊なんでしょうかねー。

 精神分析って、どこか「言ったモン勝ち」って感じ、ありません?
 ……これも、私の無知と偏見ゆえなんでしょうねぇ。

 そして本書の感想のもう一点、これは本小説に対する筆者の執筆態度への疑問、といいますか、やや不信感なんですがね、それは、その高みからの視線がとても気になるということであります。言うところの「上から目線」ですね。
 
 いえ、筆者は相変わらずとっても上手なんですね。文体は明晰そのものであります。
 ただ、それが少々鼻につく、と。
 いえ、そんな感情的な批判は、私の意図するところではありませんので言い換えますと、私は本作に散点する様々なものに対するゆえ知れぬ「差別意識」が、とても気になるのであります。

 例えば女性に対する差別意識、例えば労働者階級(プロレタリアート)に対する差別意識、そして、精神分析医が主人公でありながら、精神を病んでいる者に対する差別意識など、これらは本作全体に広く点在しています。

 これは、時代ゆえのものなのでしょうか。
 確かに、今から半世紀近く昔の作品を、現在の価値観・倫理観でもって断罪しても、それは無意味であります。
 例えば島崎藤村の『破戒』は、現在読みますと描かれていることの時代的限界は明らかでありますが、だから『破戒』はもはや無意味だとは言えないのと同じであります。

 また、エンターテイメントとしての、掲載雑誌の読者層への配慮もありましょう。
 初出は婦人雑誌とありますから、まさか人文科学論文のような書き様もできないでしょう。しかし、実はこんな所にこそ、筆者の深層心理的なもののありかがほの見えるのも確かであります。
 例えば、あれほど近代的な人間性のありようについて考え続けた夏目漱石は、たぶん近代人の経済活動については、かなり根深い偏見を持っています。それは作品の端々に再三ちらちらと姿を見せます。

 同様の三島由紀夫の「ねじれ」が、ある意味気軽に書かれた本作に、かえって明らかなように思います。
 もとより、三島由紀夫は人格的な完成を誇っていた作家ではありません。今さらその人格に「ねじれ」が見られようが、それで彼の文学性が損なわれるとは思いません。
 しかし、このようにあれこれ考えていますと、いや実際、小説を書くと言うことは、あたかもいろんな人がいろんな角度からいきなり斬りつけてくるようで、本当に大変なものでありますね。


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Last updated  2012.02.01 11:24:32
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