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2012.07.19
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カテゴリ:大正期・白樺派

  『わしも知らない』武者小路実篤(岩波文庫)

 「白樺派」の文芸思潮というのは、そのオリジナリティといいクオリティといい、そして作家の多彩さといい、他の流派の思潮よりかなり際だっている感じがしますね。
 似た流派は他にないかと考えてみますと、……うーん、そうですね、同じくらいの時代のもので探せば、「自然主義」が少し似ているかなという気もします。

 もっとも、先日正宗白鳥の文芸評論めいた文章を読んでいたら、時代を席巻したということでは、自然主義は白樺派なんて「眼ではない」くらい、遙かに時代の「オーソリティ」であったようで(まさに「自然主義にあらずんば人にあらず」という感じで、確か泉鏡花が、そんな時代を思い出して大いに閉口したと書いた文章を読みました)、白鳥の本を読みながら、なるほど「隔絶の観」とはこのことであろうかと思ったのは、特にこんな部分でした。

 何でも、自然主義作家間で森田草平の『煤煙』を批評していて、結論となったのは、森田もまだまだだけど漱石に比べるとずっとましだ、という共通認識であったとか。
 なるほど、『煤煙』にはかなり自然主義的な感じがありますね。
 以前私が『煤煙』を読んだときに思ったのは、漱石の弟子の中で、特に後期の漱石作品に最も近い感じのするのが森田草平だな、ということでした。ただ、漱石作品に比べると、いろんなところが少しずつ歪にずれ、少しずつ稚拙に感じられるという。

 話を少し戻しまして、白樺派であります。
 白樺派作家は、みなさん結構戯曲を書いているんですね。好きなんでしょうかね。
 そもそも白樺派は、小説ばかりでなく、例えば美術の新しい潮流について啓蒙的な文章を書いたりと、文学以外の芸術表現に積極的にコミットしていますものね。

 あるいは、白樺派って、何となく「文章的理性」以外の部分に訴えるようなところが(例えば「善意」とか「美」とか「純粋」とか)、あるような気がしますよね。そんなとき、戯曲は小説より書きよいのかも知れません。(今では、理性に全く訴えない戯曲もたくさんあるくらいですものね。)

 さて、武者小路もそんなお一人のような気がしますが、今回の冒頭の文庫本も、戯曲集であります。
 上記に白樺派と戯曲について、判ったようなことを記しましたが、実はわたくしは、さほど白樺派の戯曲を知っているわけではなく、武者小路の戯曲についても読んだ範囲では『その妹』が一等賞によいだろうという程度であります。

 本戯曲集には十一編もの作品が入っていますが、ほとんどの作品が一幕もので、とても短いんですね。スケッチ、エスキース、一筆書きみたいな感じです。
 でも、こういうのって、「お説教好き」の武者小路に似合っている様な気もします。ただポイントは、その「お説教」に「ポエジィ」が感じられるか否かということだと思います。

 「お説教」と「ポエジィ」とどんな関係があるのかといえば、……えーっと、私も分かる様な分からない様な話であるのですが、近い感じのものを挙げれば「愚人聖者」の話ですかね。
 確か、漱石の『猫』の中にこんな話がありました。(と、以下に書きますが、めんどーなもので読み返さずに書きます。ひょっとしたら少し違っているかも知れません。)

 村にあったお地蔵様が、「道路拡張」の際にとっても邪魔になる。なんとか立ち退いて欲しいものだと人々が鳩首会談をし、ある金持ちが札束をちらつかせながら立ち退きを要求したが地蔵は知らぬ顔。ある政治家が権力的に命令しても知らぬ顔。同じように、村一番の力持ちとか利口者とかが、次々に地蔵を説くものの、一人として成功しない。最後に村で「ばか竹」と呼ばれていた少々おつむが足りないとされていた若者が地蔵に、「みんな困っているからそこを動いてもらえまいか」というと、地蔵は「そんなら早くそういえばいいのに」とすたすたと動いたという。……市が栄えた。

 漱石はこんな話がとても好きですよね。武者小路も好きそうです。
 そしてこれは、「白樺派」の好きなトルストイの民話にも繋がりそうな話で、うまくいけばとても「ポエティック」な感動を生みそうです。
 本戯曲集中こんな「ポエジィ」が感じられる作品としては、『或る日の一休』『わしも知らない』『だるま』あたりがそうかなと思います。
 全体に「軽く」、そしてなかなか「ウォームフル」です。

 漱石は芥川の『鼻』一作を読んだだけで、彼の稀なる才能を認め、彼を文壇デビューへと導きましたが、確かに一作、二作を読んだだけでも、キラキラするものの存在は分かる様な気がします。
 武者小路には詩集もありますが、それも含め、彼の業績全体のエッジの立ったユニークさには、他の追随を許さないものがありますよね。


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Last updated  2012.07.19 18:46:17
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