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2012.07.26
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カテゴリ:明治期・耽美主義

  『鍵』谷崎潤一郎(中公文庫)

 たしかー、高校の二年生か三年生の時に、私は本書を初めて読んだと思います。
 しかしなんで、こんな本を高校生の時に読んだのかなー。

 でもそれは、分からないでもありません。
 要するに「性」への興味ですね。もっと即物的に言いますと「谷崎のヘンタイ小説」に対する興味であります。
 ついでに、この「谷崎のヘンタイ小説」というフレーズは、三島由紀夫のエッセイか何かに書いてあったと思います。若かりし日読書をしていた三島に、確か叔母さんか誰か、年輩の女性が「また谷崎のヘンタイ小説を読んでいるのか」とからかったという場面だったと思います。

 大江健三郎の『性的人間』なんかも、私はこんな興味で読み始めたのじゃなかったかなと思い出すのですが、この『鍵』も『性的人間』も、「性的」にはちっとも刺激的ではなかったです、当たり前ながら。(でも吉行淳之介の『砂の上の植物群』は、違ってましたね。あれはなかなか刺激的でした。)

 高校生の時に読んだ感想を、今でも何となく覚えているんですが、とっても苦い感じの読後感でした。それもなんか、何時までも後を引くような。(きっと高校生のくせにこんな本を読んだ罰でしょーね。)

 で、さてこの度、高校時代に持ってしまった本書への「トラウマ」を振り切って再読をしてみたのですが、数十年経っても読後感はやはり、いやーなものでしたね、基本的には。
 でもまー、少しは年の功があるようで、もう少し理性的な押さえ方ができるようになりました。(でもでもその事がいい事かどうかは、別問題ですよね。)

 まず思ったのは、この作品が、見事に近代的なリアリズムなどを求めていない小説だと言うことであります。
 老夫婦の(とはいえ、夫56歳、妻45歳の夫婦ですから、今で言いますと「中年夫婦」ですかね)「性」をめぐる日記のやりとりという内容ですが(ここにリアリズムの希薄さをもたらしつつ、しかしいかにも谷崎的な面白さを生みだしている「見て見ぬ振り」あるいは「見て見る振り」の日記内容が描かれていきます)、私は読んでいて何度か吹き出しそうになりました。上述に苦い読後感と書きましたが、部分的にはとってもスラップスティック的、ドタバタ喜劇的であります。

 そんな、少し「変」な話を読みながら、つくづく私が思ったのが、谷崎はなぜこんな小説を書いたのだろうかと言うことでありました。
 谷崎潤一郎は、「私小説」の極北の作家のように思われていますが、実はその作品には、書かれた時々の筆者の女性関係が見事に反映しているんですね。そんな意味では、とっても分かりやすい作家であります。

 そして、そこに描かれるのは、基本的にいつも谷崎的「ハッピーエンド」であります。
 だから本作についても、この作品もはやはり「ハッピーエンド」なんだろうか、と考えたわけです。

 なるほど、ラストシーンには、『卍』との類似が見られるようです。
 夫を死に追いやった妻が、しかし私も騙されているのではないかと疑念を持ち、一方死んだ夫は、死の間際にこんな日記を書いています。

 過去ハスベテ幻影デココニ真実ノ存在ガアリ、僕ト妻トガタダ二人ココニ立ッテ抱擁シテイル。……自分ハ今死ヌカモ知レナイガ刹那ガ永遠デアルノヲ感ジタ。……

 眼ハ書物ノ上ニ注ガレテイルガ、何モ読ンデイルノデハナイ。第一眼ガチラチラシテモノガ非常ニ読ミニクイ。文字ガ二重ニ見エルノデ同ジ行ヲ何度モ読ム。今ヤ自分ハ夜ダケ生キテイル動物、妻ト抱擁スル以外ニハ能ノナイ動物ト化シ終ッタ。


 簡単に言えば、こんな状況に陥った男はいったい幸福なのか不幸なのか、というのがテーマであります。
 でもこれって、なかなか難しい命題ですよね。
 たしか鴎外の『興津弥五右衛門の遺書』に、香木一つのことで命の遣り取りをすることを虚しいというのなら、そもそも人生そのものは虚しくないのかといったフレーズがあったように思います。
 ましてや、今回の話は、「老人の性」でありますしねぇ。……。

 実は『鍵』を書き始めた時の筆者の年齢は、70歳なんですね。
 自分の年齢より14歳も若い主人公を設定したことに、何か意味があるのでしょうか。

 作品が発表された昭和31年頃の、70歳と55歳という年齢のイメージもありましょうが、ここに私はぼんやりと、なんとなく、筆者の心の中が想像できそうな気もします。
 しかし取りあえず、この作品の次、さらに7年後(谷崎77歳)に書かれた『瘋癲老人日記』を、わたくし読んでいませんので、まずそれを読んでからあれこれ考えてみたいと思います。


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Last updated  2012.07.26 21:41:11
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