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2013.02.24
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カテゴリ:大正期・白樺派

  『項羽と劉邦』長與善郎(岩波文庫)

 確か、司馬遼太郎に同名の小説がありましたよね。わりと司馬氏晩年の作品で、ベストセラーになったんじゃなかったでしょうか。私も読みました。それも、面白くて一気に読んだ記憶があります。やはり、司馬遼太郎はうまいですよね。

 「鴻門の会」ってのが、クライマックスの一つで、項羽と劉邦二人の人生が交差し、そして見事に、その後の二人の運命の明暗を暗示する典型的な名場面がありましたよね。

 (……あのぉー、全く関係のない話なんですがー、今回この報告のため、「コウウトリュウホウ」とキーボードに打ち込むと、一発で「項羽と劉邦」と変換するんですねー。すごいですねー、ATOK。でも、これもやはり司馬遼太郎の小説がベストセラーになったおかげでしょーねー。だって仮に「シブエチュウサイ」と打っても、一発で「澁江抽斎」とはなりませんよ。やっぱり鴎外ではダメなんですよねー。売れてないんだから。)

 ……と、閑話休題致しまして、えっと、さて「鴻門の会」って、一体どこまでが本当の話なんでしょうね。

 古代中国についての知識など皆無の私であります故、休むに似たる考えなんですけれど、そもそもの出典は、例の司馬遷の『史記』ですよね。
 高校時代に、漢文の授業で習いましたよね。(高校時代の「鴻門の会」の思い出と言えば、ちょっとこの場では書けないような下品なギャグが思い出されるのですが、……、やっぱり、書けません。)

 これもほとんど覚えていないんですが、項羽の家来が踊りながら劉邦に斬りかかろうとし、劉邦の家来がこれまた踊りながらそれを防ごうとするという、考えてみれば、見事に演劇的なシーンがあったことを何となく覚えているのですが、実は今回読んだ長與善郎の戯曲は、ちょっとそこが変わっているんですね。

 今、戯曲と書きましたが、今回の読書報告は、戯曲であります。
 長與善郎は白樺派の一員でありますが、白樺派は武者小路を筆頭に、けっこうたくさん戯曲を書いているんですね。ひょっとしたら、白樺派的な、テーマの割とはっきりした設定や誇張や省略は、時間制限のあるお芝居にけっこうマッチしているのかも知れません。

 さてその戯曲ですが、以前、同作者の『青銅の基督』を取り上げましたが、あの作品でも強く感じた登場人物の現代人化が本作にもとても強くあります。
 例えば、劉邦はこんな台詞をいうんですね。

 それならば俺はお前等にかう云はなければならない。お前等は俺の不徳、例へば臆病である事を知らないのだと。項羽を怖れてゐた俺は思ひきつた事をするのを怖れてゐたのだ。しかし眼のあたりお前等の悲惨を見た時怒りが俺の胸を内から叩き破つた。俺は自分がやらなければならないと感じたやうにやれば項羽をひどく怒らすに定つてゐる事を知つてゐた。しかし俺は項羽を怖れる事を恥ぢた。さうして俺が未だ嘗て知らずに来た死に物狂ひな力と勇気とが俺の内に漲つた。俺はその時何物をも怖れなくなつた。が、その勇ましい焔は永くは保たなかつた。そして今では俺は又……(額を抑へる)俺は未だお前等に愛される資格がないばかりではない。未だお前等を愛する力さへないのだ。(興奮して)人民よ。俺がお前等を愛してゐる者だ抔とかりそめにも思つて呉れるな。俺は未だお前等を真に愛する力はないのだ。愛してはゐないのだ!

 ……うーん。そして一方、項羽はどんな事を喋っているか。
 項羽のテーマ(作者にとってのテーマ、ですね)は、終盤にあります。国をほぼ征服したあとの、今度はじりじりと亡び始める入り口のあたりの場面であります。

虞姫 しかし何と云つたつて貴方はもうすつかり征服してお了ひになつた
   のですから、今更そんな詰らない事をお気にかけるのは馬鹿気てゐ
   ますわ。どうせ嫉まれる者は嫉む者よりは幸です。そして幸福な者
   は賤しい者を嫉ませまいとする事は出来ませんわ。
項羽 (寂しさを抑へて)だから俺は奴等を憐れんでゐるぢやないか。し
   かしそれは奴等には通じないのだ。全で通じないのだ。
虞姫 しかしそれなら妾達は又王だけの淋しい寛大さを以て、その運命を
   忍ばうではありませんか。
項羽 (ほほ笑み乍ら……間)俺は生まれ乍らにして強い翼を與へられた。
   俺はそれを振はない訳に行かなかつた。そしてそれを振へば俺は否
   でも高く飛ばない訳に行かなかつた。が、その卓越が俺の禍になつ
   たのだ。はは。


 ……、えー、どちらもなんか、時代考証なんて糞くらえって感じの台詞ですね。
 でもそれなりに心地よいと言えないでもないといえば、まー、いえないわけでもない、と。(くねくねした表現ですみません。ホンの気持ちの表れです。)
 この辺に恐らく、白樺派の文学史的な限界と、一方同時代においては、とても新鮮な主張や息吹があったんでしょうね。
 その瑞々しさは、今でも、そして私にも、とてもよく分かるような気がします。


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Last updated  2013.02.24 12:40:51
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