【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

近代日本文学史メジャーのマイナー

近代日本文学史メジャーのマイナー

Calendar

Archives

Recent Posts

Freepage List

Category

Profile

analog純文

analog純文

全て | カテゴリ未分類 | 明治期・反自然漱石 | 大正期・白樺派 | 明治期・写実主義 | 昭和期・歴史小説 | 平成期・平成期作家 | 昭和期・後半男性 | 昭和期・一次戦後派 | 昭和期・三十年男性 | 昭和期・プロ文学 | 大正期・私小説 | 明治期・耽美主義 | 明治期・明治末期 | 昭和期・内向の世代 | 昭和期・昭和十年代 | 明治期・浪漫主義 | 昭和期・第三の新人 | 大正期・大正期全般 | 昭和期・新感覚派 | 昭和~・評論家 | 昭和期・新戯作派 | 昭和期・二次戦後派 | 昭和期・三十年女性 | 昭和期・後半女性 | 昭和期・中間小説 | 昭和期・新興芸術派 | 昭和期・新心理主義 | 明治期・自然主義 | 昭和期・転向文学 | 昭和期・他の芸術派 | 明治~・詩歌俳人 | 明治期・反自然鴎外 | 明治~・劇作家 | 大正期・新現実主義 | 明治期・開化過渡期 | 令和期・令和期作家
2013.07.15
XML
カテゴリ:明治期・耽美主義

  『瘋癲老人日記』谷崎潤一郎(中公文庫)

 下記の引用は、私の持っている中公文庫版で95ページにあります。本文全体が254ページありますから始まって2/5くらいのあたりになります。

「今日ハ接吻サセタゲルワ」
 シャワーノ音ガ止ンダ。カーテンノ蔭カラ脛ト足ガ出タ。
「何ダイ、マタ内診ノ恰好カイ」
「ソウヨ、膝カラ上ハ駄目。ソノ代リシャワーヲ止メテ上ゲタジャナイノ」
「何カノ報酬ノツモリカネ、ソレニシチャ安スギルナ」
「イヤナラオ止シナサイ、無理ニトハ申シマセン」
 ソシテ附ケ加エタ。
「今日ハ唇ダケデナクッテモイイ、舌ヲ着ケテモイイ」
 予ハ七月二十八日ト同ジ姿勢デ、彼女ノ脹脛ノ同ジ位置ヲ唇デ吸ッタ。舌デユックリト味ワウ。ヤヤ接吻ニ似タ味ガスル。


 主人公の77歳の老人が、風呂場にいる長男の嫁とこんな事をしている場面なんですね。老人は、嫁に300万円の猫眼石を買ってやっています。「何カノ報酬ノツモリカネ、ソレニシチャ安スギルナ」というセリフはそれを受けているんですね。

 ついでの事ながら、本作初出時の昭和36年頃のサラリーマンの初任給は(たまたま先日そんな本を読んでいたのですが)、15000円くらいであります。と言うことは、現在の1/10くらいですか。とすると、300万円の猫目石は現在なら3000万円!?

 上記引用部に「予ハ七月二十八日ト同ジ姿勢デ、彼女ノ脹脛ノ同ジ位置ヲ唇デ吸ッタ。」とあるのは、その日にも同じようなことをしているわけですね。それ以外にも、裸の背中から首筋に唇を当てて頬を張られたり、唾を飲ませてもらったりとか、そんなことをしています。

 私も初めのうちは、まぁそれなりに興味を持って読んでいたのですが、しかし本当にこんなことばーっかりが描かれているもので、うーん、本当に瘋癲老人だなーと思ったり、谷崎もこんなに「無芸」に自分の嗜好をストレートに書くなんて、老いたのではないかと思ったりもしました。

 例えば現代なら、私は具体的にはどんなところなのか知らないのですが、単にそんなことがしたいだけなら、お金を払えば割と気軽に(秘密クラブみたいなものじゃなしに)対応してもらえるところがあるんじゃないでしょうか。
 はっきり言って、こんな「腑抜けたお爺さん」の話に付き合うのは、少々「かったるい」と感じたのでありました。

 ところが、100ページを過ぎたあたりから血圧などを中心とした身体の話がぐっと前面に出てきて、老人が嫁と上記のような実にくだらない「乳繰り合い」(えー、わたくしの主観でありますが)をしていると、呼吸数や心拍数や血圧ががんがん上がってゆくんですね。その表現が、何とも爆笑するほどに素晴らしい。例えばこんな感じです。

 颯子ノ三本ノ足ノ指ヲ口イッパイニ頬張ッタ時、恐ラクアノ時ニ血圧ガ最高ニ達シタニ違イナイ。カアット顔ガ火照ッテ血ガ一遍ニ頭ニ騰ッテ来タノデ、コノ瞬間ニ脳卒中デ死ヌンジャナイカ、今死ヌカ、今死ヌカ、トイウ気ガシタコトハ事実デアル。

 この辺から俄然面白くなってくるわけです。
 私は「谷崎老いたり」という前言をあっさり撤回して読み進んでいきました。
 展開はさらに、その病気話を梃子にしながら、クライマックスへ繋がっていく墓石の話にぐいぐい持っていきます。私はそのテンポの良さに、思わず「うーむ」と長大息致しました。

 そして有名なクライマックスの颯子の足型を取るシーンへと雪崩れ込んでいくのですが、この「アンチ・クライマックス」がまたなんとも凄い。
 年老いて体も十分に動かない主人公が、旅館の部屋中を取り散らかして、あたふたしながら、何時間も懸命に嫁の足の裏の拓本を取るわけです。そしてそのあげくに、突然その部屋に入ってきた看護婦に血圧を測られ、容易ならぬ表情で「二百三十二ゴザイマスネ」などと言われてしまいます。

 実はその後に続く数十ページの描写は、さらに輪をかけて見事であります。
 およそ小説の価値とは、作品世界に対する二重三重の客観性の保証にある私は考えます。本作の作品構造はまさにそんな素晴らしい客観描写をエンディングに持っていました。
 谷崎晩年の最高峰といわれるに吝かならずと、私も思いました。
 しかし、まてよ、と。

 かつて谷崎は、作品の最後にこんな谷崎世界の夢を破るような種明かしをしたでしょうか。
 特に中期以降(ということは後年「大谷崎」と呼ばれる作品群を数多く生み出すようになって以降)、『痴人の愛』にしても『春琴抄』にしても、それは谷崎的恋愛至上主義=谷崎的ハッピーエンドではなかったでしょうか。

 本作の、一種恐ろしいような「身も蓋もない」シニカルかつ客観的なエンディングは、晩年の谷崎の境地なのか、またはやはり谷崎の「老い」なのか、私は判断がつかなくなっていったのでありました。


 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓

 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013.07.15 07:57:18
コメント(0) | コメントを書く
[明治期・耽美主義] カテゴリの最新記事


PR

Favorite Blog

アンダース・エンブ… New! シマクマ君さん

やっぱり読書 おい… ばあチャルさん

Comments

analog純文@ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

© Rakuten Group, Inc.