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2013.09.30
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カテゴリ:明治期・明治末期

  『千代紙』鈴木三重吉(近代文学館)

 暇に任せて図書館に行ってみました。
 ところが、なぜなんでしょーねー、図書館に常時行くという習慣がどーもないんですね、わたくしには。

 読んだ本を自分のものとして持っておきたい、って気持ちも確かにあるんですねー。
 昔、図書館で借りて読んだ本を、きっととても感動したからだとは思いますが、その後買ったということが、何回かありました。(しかし買ってから再読はしていないんですがー。)

 でも時々ふと図書館に行ってみようという気持ちが起こります。なんと言っても、私の私生活のベースは読書でありますから。
 そして図書館に行けば行ったで、やはり結構楽しいんですよね。で、今回、こんな本を見つけたわけであります。

 今回取り上げた本は近代文学館から出版された復刻本です。だから、明治40年の初版時そのままのスタイルなんですね。すると、漱石の手紙が入ったりしていました。前書きの代わりなんでしょうが、昔はこんな形式もあったんですかね。なかなかおしゃれです。
 ところが、その漱石の書が読めない。変体仮名というほどのものではないのかも知れませんが、とにかく極端な草書なものだから、最初は一字も読めませんでした。

 そこで、ごそごそと漱石全集を取り出してきまして、書簡の巻から該当する漱石の手紙を探し出しました。
 おかげさまで一応書いてあることはわかったのですが、読めてみると、別に思いがけない発見があったわけでもありませんでした。

 感動的な書簡の多い漱石の手紙にしては別に何というところもなく、まー、普通の事務書簡の様でありました。ようは、処女出版が万事整って良かったなぁ、我が輩もうれしいよ、というほどの内容でした。
 しかしなるほど、この短編集は、鈴木三重吉のデビュー作などの収録された処女出版であったのですね。

 少し調べたのですが、本短編集に含まれる3つの小説は、三重吉24歳の作品であります。そう知ってみると、なかなかすごいものです。漱石が絶賛したのも宜なるかなと思います。中でも『千鳥』という作品(これこそデビュー作ですが)は、師匠漱石の『草枕』に影響を与えたという説まであります。

 『草枕』……ですか。なるほど、本作も、なんともモーローとした作品ばかりであります。東洋的消極主義のような作品ですね。
 文体などは実にしっかりこなれたすばらしいものではありましょうが、何といいますか、作品の結構について、少し意地悪な感想を述べますと、なんだか少しうがったひねくれた小説のような感じもしないではありません。
 例えば、『千鳥』の終盤に、こんなことが書いてあります。

 ――千鳥の話とはおしのお長の手枕にはじまつて、絵にかいた女が自分に近よつて、狐が鼬程になつて、更紗の蒲団の花が淀んで、鮒が沈んで針が埋まつて、下駄の緒が切れて女郎蜘蛛が下つて、机の抽斗から片袖が出た、其二日の記憶である。――自分は袖を膝の上へのせたまま、暗くなる迄じつと座つて色々な思ひにくれた末、一番仕舞にかう考へた。話は只此二日で終らなれけば面白くない。跡へ尾を曳いてはもうへぼだと考へた。(或西の国の小島の宿りにて名を藤さんといふ若き女に会つた。女は水よりも淡き二日の語らひに片袖を形見に残して知らぬ間に居なくなつて了つた。去つてどうしたのか分らぬ。)それで沢山である。何事も二日に現はれた以外に聞かぬ方がいい。もしや余計な事を聞いたりして、千鳥の話の中の彼女に少しでも傷が附いては惜しい訳だ。

 小説の終わりに、こんな感じで内容をまとめ、これで終わらねば「へぼ」だと書いてあるんですね。しかし、実際はストーリーとしては、このままでは展開の落としどころが全く書かれてありません。
 叙情的に二日間が書かれ、そこでそこはかとなく散らされた「謎」(というほどのものはないですが、日常のちょっとした裂け目)は、収束するところを全く否定されたまま、上記のような説明が入ってきているわけです。

 老練といえば老練な気もしますが、やはり少々文学的冒険心に欠けるような気もします。少なくともデビュー作なんだからもう少し踏ん張って欲しいと思うのは、私の勝手な思いこみでしょうか。

 漱石は晩年、『道草』とか『明暗』とか、かつて漱石を「低回派」と嘲った自然主義の作家が、最近の漱石はよくなったと評したという、いわゆる自然主義的リアリズムに近い形で作品と格闘しつつ(たぶん格闘しつつ)、自分の初期作品、例えば『虞美人草』とか『草枕』に対して否定的な意見を表明しました。

 もちろん、自分が書いた作品だからそんなことを言ったのだとは思いますが、『道草』や『明暗』を一方でイメージしますと、晩年の漱石がそのように「変質」したのは、何となく分かるような気がしますね。


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Last updated  2013.09.30 19:24:47
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