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2013.11.04
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  『臍の緒は妙薬』河野多恵子(新潮文庫)

 例えばこんな文章であります。

 お坊さんに会って、「妹でございます」と峰子が挨拶した時、「ごきょうだいを亡くされますと、親御さんをお見送りなさった時のとはまたちがったお気持ちで……」とおっしゃる。流石にお坊さんだけのことはあった。悲しさにかけては、親の死――二度目に会う親の死だった母の時でさえ、もっと悲しかった。だが、自分たちが孤児になった時とはちがう淋しさがあった。ひやひやする風が肩先に触れはじめたような、初めて経験する淋しさであった。(『臍の緒は妙薬』)

 うまいものですねー、全く。つけ加えねばならない補足というものがまるでありません。
 難しい言い回しはまるでなく、それでいて必要にして十分な説明が見事に描かれており、そしてなによりどっしりと落ち着いた流れような文章の存在感は、読んでいてとても心地よいものになっています。

 次は、この見事な文章をさらにちょっと捻ると、こんな感じになります……。

 二日目の土曜日には、講堂で学芸会がありました。プログラムの最初、全員が座席で起立し、唱歌の松永先生のピアノで、皇太子殿下御誕生の奉祝歌を斉唱した。ラジオはその歌を始終放送してきたし、黒板に歌詞が書かれたままの唱歌教室で各学級ともその歌を習った。子供たちはとっくに馴染んでしまっている歌ですが、高等科の生徒を含めて全員一緒に新しく練習し直した斉唱なのでした。(『月光の曲』)

 どうですか。でもこの文体は、なんだか少し不思議な文体になっていますね。
 それはまず、日本語に特徴的だと言われていますが、主体を明示していない文章だからのように思えます。
 確かに他の個所では、個人的な感想めいた表現が出てきておりながら、誰がそう思っているのか分からないようになっていたりしています。

 しかし文章の流れに任せながら、たゆたうように読み進めていけば(引用部は短くてそこまでは浸れませんが)、そこには昭和十年代に児童であった女子の視線がほんのりと感じられ、さらには上記のように彼女が文体の常体と敬体を混同させながら描いている、たどたどしくもリアリティ溢れる描写であることが納得されます。
 全く、恐ろしいような豊かな文体の力でありますね。

 ……そもそも女流文学、といえば語弊があるのかも知れませんが、女性作家には、こんな緻密で正確で豊かで、そして少し粘着質的に偏っていそうな文体の方がいらっしゃるように私は感じるのですが、別に女性に限ったことではないのでしょうかね。どうも私には、女性作家特有に思えて、でもこれって、女性への偏見でしょうか。

 例えば、野上弥生子とか円地文子なんて人が、私にとってはそんな感じの方なんですが、この河野多恵子も間違いなくそんな方ですね。
 そもそも河野多恵子と言えば、取り上げているテーマの多くが、既に強い粘着性を感じさせますものね。

 今回の短編集に描かれているものも同様であります。
 総題にもなっている短編は、自分の臍の緒の在処形態にこだわる女の話であります。(私も今まで少しは様々な小説を読んだつもりでありますが、臍の緒がキーワードになる小説ってのは、流石に初めてであります。筆者のとんでもないオリジナリティを感じます。)

 その外にも、亡くなった亭主の運勢を、亡くなっていることを告げずに易者に見てもらう女の話とか、子供のない妻が、もしも亭主との間に子供が産まれていたらその子はどんな顔になるだろうかと、コーンスターチを使って子供の顔を作る話とか、……うーん、こうして並べて書くと、実に粘着的テーマで彩られた短編群であることがわかりますなー。

 しかしこういった、まー、理性の枠を飛び越えているといいますか、まー、はっきり言って変態的な欲求は、確かにそれが他人の性癖であるならば、我々は「アブノーマル」の如くにも感じましょうが、もしも自らの内面にそれが現れた時は、少々やばいかなとは感じつつも、自分ではいかにも止めようがなく、そもそもその欲求に対して、自分では割と「整合性」らしきものを感じるもので、従って止めようと言う強い意志のうまれないままどんどん浸っていくものであります。

 実はそんな欲求こそがいかにも文学的な欲求であり、そしてそれが文学的であるということは、本短編集の諸作品に共通して漂っている文学的なサスペンスの感覚や、うっすらと感じる神経症的な恐怖感からも分かるのですが、それらが、我々がうまれて生きていることの不安と不思議に直結している重要な課題であることを、如実に語っているのであります。


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Last updated  2013.11.04 17:15:27
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今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

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