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2013.12.15
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カテゴリ:昭和期・中間小説

  『ある女の遠景』舟橋聖一(講談社文芸文庫)

 ……うーん、と、最近本を読むたびに何か唸っているような気がするのですが、ひょっとすると、今回も本の選択のポイントが少しずれているのかも知れません。
 どーも、なんだか腑に落ちない、……いえ、腑に落ちないってのは、少しヘンですが、どこか違和感のある読後感に、この度もなってしまったんですが……。

 こんな場面が出てくるんですね。

 …昨日今日出来た仲ではなし、泉中に一言のことわりもなしに、アパートを引き払うということは、明らかに暴力沙汰である。少なくとも、常識を逸脱している。これが程度の低い匹夫匹婦のばあいなら、仕方もあるまい。維子のような女が、一季半季の雇人のするようなことを、恥かしくもなくやったところに、泉中の驚きと怒りをつくった。

 本小説は昭和36年から38年にかけて、雑誌「群像」に断片的に発表された作品であります。だから現代小説ということで、舞台は昭和30年代くらいの日本ですね。
 泉中というのが、50代後半くらいの二流政治家(文中にも同様な言葉が出てきます)で、20代前半の女性「維子」をアパートに囲っているんですね。

 「昨日今日出来た仲ではなし」という表現は、実はこの泉中は、最初に維子の叔母の「伊勢子」という女性を愛人として囲い、伊勢子のところに遊びに来た9歳だった維子を膝の上に抱いてキスをするという事をしているんですね。
 ところがキスされた維子が成人後、たまたま泉中に再び会う機会ができると、泉中は臆面もなく彼女に言い寄ります。
 この言い寄り方が、まぁ、なんといいますか、こんなんです。

 「然し、あなたの唇を最初に盗んだ花盗人は私だよ。一度盗まれたものなら、もう一度私に与えたっていいじゃないか」

 このなんとも時代がかった厚かましい口説きに対し、維子は、あろう事か、こんなんになっちゃうんですね。

 …維子はポロポロ、大粒の涙を流しながら、どうすることも出来なかった。彼が自分に接吻したい以上に、自分のほうでも、彼に接吻してもらいたいのだった。あのむかしの感覚の再生が、維子の心をかり立てる。それに抗すべき力はなかった。

 というわけで、あっさり維子は泉中の愛人になるわけですが、維子の両親はこのことに反対するんですね。特に父親が猛反対します。
 まー、娘が自分の年齢ほどの脂ぎった政治家の愛人になることに賛成する父親がさほどいるとはもちろん思いませんが、それに加え、上述の伊勢子とは彼の妹であり、そして伊勢子は実は、泉中の愛人になった後、原因不明の自殺をしています。
 つまり父親にとっては、妹と娘二人が同じ男のどす黒い性欲の犠牲になる、ってところでありますかね。

 そんなこんなで、たまたま維子の体調が悪くなったことを切っ掛けにし、父親が維子を説得してアパートを引き払わせた直後の描写が冒頭のものであります。
 実は私は、この個所を読んでいて、「匹夫匹婦」じゃないのにという表現にあっけにとられたのであります。
 えー、これは「匹夫匹婦」の話ではなかったのか。

 男は世間の良識をなめきっているような二流どころの女たらし政治家だし、女は己の性欲にだけいたずらに正直な知性の極めて弱い軽薄娘だし、その上、その親父までが内弁慶でありながらプライドだけは高い軟弱者の事大主義者ときている、およそ感情移入の出来そうな登場人物がいない小説として、実は私はかなり苦労しながら読んでいたのでありました。

 それに加えて、というか、本小説には和泉式部の伝記が突然あちこちに現れてきます。
 これがまたなんといいますか、ちょっととってもわざとらしい。
 和泉式部は夫がありながら、為尊親王、敦道親王に愛され、当時の宮廷随一のスキャンダラスな女性であったことは有名な話ではありますが、本作では彼女と維子を微妙にオーバーラップさせているんですね。

 しかしねー、それってちょっと、ムリがありすぎませんかー。
 まず時代が全然違う上に、かたや天皇の息子と、和歌においては紫式部や清少納言をも凌ぐ天才女流歌人の恋愛に、まー、「匹夫匹婦」の爛れた肉欲のオーバーラップですからー。
 そもそも、自殺した伊勢子の愛読したのが『和泉式部日記』である、ってのもちょっとどんなリアリティなんでしょーかねー。

 と、はっと気が付けば、そんなことはしないつもりでいたのに、ほぼ全編苦情の読書報告になってしまいました。
 ……うーん、と、最近本を読むたびに何か唸っているような気がするのですが、ひょっとすると、今回も本の選択のポイントが少しずれているのかも知れません。
 ……と冒頭に戻る。うーん、全く困ったもので……。


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Last updated  2013.12.15 12:09:13
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