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analog純文

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2014.05.06
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  『神様のいない日本シリーズ』田中慎弥(文春文庫)

 久しぶりに、ほんとうに久しぶりに現代作家の小説を読んでみました。
 といっても、大江健三郎とか村上春樹といった方々の作品は、少々読んだりしています。
 大江健三郎や村上春樹も現代作家だろうといわれれば、まぁその通りではありますが、なんといいますか、大江とか村上とか言った方々は、すでに文学史の中に位置づけられかかっており(ひょっとしたら村上春樹はまだそうではないかも知れませんが)、同じ現代作家でも新人の、海のものとも山のものとも知れない作品を読むというわくわく感や不安感がありません。
 そこが楽しいとも思いますし、また、とんだ時間つぶしだったと感じかねない「博打」のようなところでもありますね。

 で、本書ですが、数年前に芥川賞を受賞なさり、その際のコメントがとってもユニークで少し話題になった方でした。ただ、作品は極めてオーソドックスな日本文学のタイプであると、なんかそんな記事があったように記憶しています。

 このたびわたくしも初めて作品を読みましたが、なるほどそうなんだなぁという感触を持ちました。そして、同時に、現代の若手の純文学作家に共通しているといってもいいと思う「偽悪性」(そして「大変そうだなぁ」という感想)のようなものを感じました。
 これはなんなのでしょうかね。
 純文学作家の、時代における位置づけ、評価のようなものが影響しているのでしょうかね。

 ともあれ、そんな、「生きのいい」現代日本文学作家の小説ですが、さて、タイトルからもわかるように、「野球」が大きな要素として描かれています。
 文学の中に野球を取り入れたものといえば、私がすぐに思い浮かぶのは、日本への野球輸入直後の、明治期の正岡子規の、みずみずしい一連の連作短歌であります。こんな歌ですね。

  今やかの三つのベースに人満ちてそゞろに胸の打ち騒ぐかな

 しかし一方、まとまった小説となると、私が知らないだけなのかもわかりませんが、そんなにたくさん浮かんできません。

 高橋源一郎と小川洋子の二作品でありますが、どちらも名作といっていいと思います。(もっとも高橋源一郎の作品は、わたくしかなり昔に読んだきりで、いい小説だったという読後感だけは覚えていながら内容についてはほぼ忘れています。)

 小川洋子の野球をめぐる小説は、これはもうすでに「古典」の領域に入っているのではないでしょうか。
 現存のお方なので、まだまだこれからもすぐれた作品をお書きになるだろうとは思いますが、それでも『博士の愛した数式』は、これ一作だけで間違いなく文学史の中に残る名作だと思います。

 そんな何年に一作といったレベルの作品と比較してしまうのは少し気の毒ではあるのですが、今回の本作に描かれる野球エピソードの処理の仕方は、やはり小川作品と比べると、……まぁ、……なんといいますかぁ、ちょっと劣る、と。

 一つ一つのエピソードには、いかにも現代純文学作家のハッとするような眼の付け所とか工夫とかが感じられるのですが、それがまとまって現わす全体像は、はっきり言ってかなり凸凹があって、まるでゆがんだ鏡に映っているかのようであります。

 これはなんなのでしょうかね。
 「リアリズム」が進化した形なのでしょうか。
 例えば絵画史の中で、リアリズムが突き詰められた先に印象派が起こり、さらにシュールレアリズムやアブストラクトが生まれたように、「リアリズム」はある程度まで進んでいくと、むしろそこから先は「リアル」を写そうとしなくなるのですかね。

 一つの家族をめぐる様々な要素、例えば「香折」という男女性別の分かりにくい名前、祖父(父)が「豚殺し」であること、中学生文化祭演劇としての『ゴドーを待ちながら』、両親が中学生だった時の幼い恋愛、そして野球と父と子の関わり方の深さなど、こうして挙げてみると、やはり少しずついびつな感じがして少しずつずれていき、リアリティに欠けるように思います。

 特に最後の、祖父、父、息子のそれぞれの人生の中での野球との関わり方の量、そしてそこから生まれた屈折感の質が、十分に書き込まれているとは思えず、だからなぜそんなに野球が生き方の中でエポックメーキングな役割を果たしているのかがよくわかりません。

 ……と、まぁ、少々不満に思った点ばかりを挙げてしまいましたが、そんな風に感じたにもかかわらず、本作には一種の新鮮さ、瑞々しさがあります。
 それはきっと、新しい作家の、やはり新しい時代を捉えようと意欲する作品には、たぶんいつの時代でも、いわば「ミューズ」が、少し肩に手をかけているのかもしれませんね。


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Last updated  2014.05.06 12:11:08
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