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カテゴリ:大正期・大正期全般
『黒蜥蜴・湖畔亭事件』江戸川乱歩(春陽文庫)
さて、前回の続きです。 女賊「黒蜥蜴」の魅力とは何かを考えていたら、タツノコプロダクションを経由して幼年期のエロスにまで飛んでしまいまして、収拾がつかなくなりました。 改めて考え直してみます。 そもそもなぜ私が本作をあまり面白いと感じなかったのかといいますと、それはいかにも通俗小説めいた語り口のせいでありました。例えばこんな感じ。 読者諸君は、もしかしたら、「作者はとんでもないまちがいを書いている。緑川夫人は早苗に化けて、岩瀬氏の隣のベッドに寝ているではないか、その同じ緑川夫人が、廊下からはいってくるなんて、まったくつじつまの合わぬ話だ」と抗議を持ち出されるかもしれぬ。 だが、作者はけっしてまちがってはいない。両方ともほんとうなのだ。そして、緑川夫人はこの世にたったひとりしかいないのだ。それがどういう意味であるかは、物語が進むにしたがって明らかになっていくであろう。 実際私は、こんな「釣り」の文章に辟易したのですが、しかしこうして書いてみると、本当にこんな文章は、表現として寿命が切れていると考えていいのかどうか、少し興味深いものが残ります。どうなんでしょうねぇ。 とにかくそこで私は、戸惑うままにこうなったら三島戯曲を読まざるをえまいと考えまして、図書館で借りてきました。これです。 『決定版三島由紀夫全集23・戯曲3』 この中に『黒蜥蜴』が収録されているのですが、この全集の編集ポリシーなのかよく知らないのですが、本書には戯曲ばかり、初出年月順に並んでいます。 つまり本書は、昭和32年1月から37年3月までに発表された戯曲が入っていて、ちなみに『黒蜥蜴』の一つ前の戯曲は『十日の菊』となっており、これはなかなか興味深いです。 三島の生き方の美意識に直接つながりそうなまさに「重い」『十日の菊』の次に、『黒蜥蜴』がくるという順番が、小説でいう「レシ」としての『黒蜥蜴』の成り立ちを象徴している気がします。 つまりエンターテイメントとしての『黒蜥蜴』ですね。 三島由紀夫は、生涯の自らのテーマを追及した小説群の一方、たくさんのエンターテイメント小説も書いています。(先日たまたま深沢七郎の文章を読んでいましたら、三島由紀夫に文学的テーマなんてないといったようなことが書かれてありました。深沢なら分からないでもない論旨ではありますね。しかし、確か、太宰治や坂口安吾は、同様に志賀直哉には文学的テーマはないといっていましたよね。なるほど一概に文学的テーマが大事なわけでもなさそうです。) そして、わたくしが思いますに、それらのエンターテイメント作品はよく似た特徴を持っています。 本戯曲も一緒で、例えばこんなセリフ。 明智 今日も何事もなく日が沈む。この大都会、白蟻に蝕まれたやうに数 しれない犯罪に蝕まれこの大都会に日が沈むんだ。殺人、強盗、誘拐、 …………、言葉にしてみれば他愛もないんだが、みんなその一つ一つ に人間の知恵と精力と、怒りと嫉妬と、欲望と情熱がせめぎ合つてゐ る。その一つ一つが狂ほしい道に外れた人間の、それでも全身的な表 現なのだ。こいつのどこから手をつけたらいい? 依頼主か。こりや あ自分のことしか考へない。犯罪の本質にいつも向き合つて、その焔 の中の一等純粋なものを身に浴びなければならないのは僕なのだ。僕 には犯罪の全体が見える。それはたえず営々孜々とはげんでゐる世界 一の大工場みたいなものだ。(略) この長セリフはさらにもう少しだけ続くのですが、ここに描かれているものが時代と共に古ぼけていくイメージなのはやむなしとして(それは「エンターテイメント」の宿命でもありましょう)、私が気になるのは、大上段に構えて提出されるイメージの断定です。 そこには、これ以外のイメージは許さないといった「押しつけ」に近いものがあり、そしてそれが、三島のエンターテイメント小説に一貫して現れる読者への「啓蒙主義」のように思います。 ということで、三島戯曲の『黒蜥蜴』についても、……うーん、何だかそりが合わないような書きぶりになってしまいました。しかしこれは、いわば「木に縁りて魚を求む」の類でありましょうか。 そういえば、冒頭の乱歩の文庫本に並禄されている『湖畔亭事件』は、いかにもおどろおどろしい乱歩節がゾクゾクと面白い「変わり味」探偵小説で、「予定調和」の大団円もとても楽しく読めました。 しかしこちらの作品は、やはりネットなどの乱歩ベストテンには、入っていないんですがねぇ。なぜなんでしょうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018.05.27 11:24:39
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