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近代日本文学史メジャーのマイナー

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analog純文

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2019.09.08
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  『パンク侍、斬られて候』町田康(角川文庫)

 冒頭しばらくして本書の重要な登場人物(というか、と「登場集団」)の「腹ふり党」の説明が出てきます。本作品は2004年に単行本として刊行されていますが、「腹ふり党」のモチーフとしてあるのがオウム真理教であろうことは明らかながら、こんな風に書かれてあります。

​ 醜道乱倫才という男が岐阜羽島で結党した腹ふり党は結社風の名前ですが完全な宗教団体です。腹ふり党の党員達はこの世界は巨大な条虫の胎内にあると信じています。彼らにとってこの世界で起こることはすべて無意味です。彼らが願うのは条虫の胎外、真実・真正の世界への脱出であり、その脱出口はただひとつすなわち条虫の肛門です。​

 ……うーん、何と言うか、やっぱりすごいですよね。
 何がって、この「妄想力」は実に町田康ワールドで、さっぱりわけが分かりません。

 なるほど、今後こんなコンセプトで描かれる作品世界なのだなということで、読み始めた私はとりあえず、これはいわゆる「無意味」とか「荒唐無稽」に対して我々はどれだけ物語を展開していけるか、読んでいけるか、という小説なのかなと感じました。
 そういえば太宰治の初期の佳作「ロマネスク」という小説は、たぶんそんな話ではなかったかと思い出しながら。

 しかし、……いえ、それは間違ってはいなかったと思いますが、ただ、「ロマネスク」は短編小説で、そのモチーフだけでは長編を支えきれませんでした。
 そこでお話を読み進めていった私は、徐々に気が付いていくんですね。
 そうか。これは世界のカタストロフを描く小説だと。
 例えば、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』『希望の国のエクソダス』などや、中島らもの『ガダラの豚』なんかですね。

 なるほど、頭の中で一連のそんな作品と比べながら読んでいくと、本作はなかなかとてもよくできた話だと、私はどんどん感心していきました。
 というのも、このカタストロフを描く小説は、わたくし、まとめ方が結構大変だと思っていたからです。
 上記に上げた小説も、私は終盤失速したんじゃないかと思うのですが、それは逆に、この手の話をまとめるのがいかに難しいかということの証明でもあるように感じられます。

 例えば、主だった登場人物の出し入れが、かなり難しくなると思うんですね。
 本作品でも、たぶん主人公といっていい「掛十之進」という武士は、登場してきてしばらく(黒和藩出頭家老内藤帯刀と出会うまで)が一番魅力的に描かれ、後に行くほど主人公としての存在感がなくなっていきます。

 今あげた内藤帯刀にしても、始めは切れ味の良い水際立った内面を表していたのに、話が進むにつれてどんどん凡庸な人物になっていきます。
 それはきっと、大きな世界が壊れようとしている状況が進行していくと、登場人物一個人ではとても支えられなくなるからだと思います。

 ふっと思ったのですが、これは鳥山明の『ドラゴン・ボール』の世界と一緒だな、と。
 つまり後からの登場人物(=ライバル)になるほど、「戦闘値」が恐ろしくインフレになっていくんですね。
 本書でいえば、結局最後に高い「戦闘値」を持って残るのは、言葉を話す猿の「大臼延珍」と、腹ふり党復活後の党首・茶山半郎でありましょう。
 そして本作では、この二名についての物語としてのまとめの付け方は、それなりに巧みだと(感心するほど巧みだとまでは感じませんでしたが)、私は思いました。

 加えて、本書が奥行きのある物語になっていると私が感じたのは、二重三重に張り巡らされた、物語自体に対する、何といいますか、疑問、逡巡、抵抗感、違和感、不信感の描写であります。
 例えばこんな表現、これは言葉を話す猿が戦闘中につぶやくセリフです。

​ 「でもあいつを射殺したからといって事態がどうにかなるわけじゃないよね。人間があんな爆発を起こしうるということ。猿の俺がこうして喋っているということ。何万の猿と何万の人間がこんな嘘臭い河原で無意味に争っているということ。それらのことの根源にかかわる問題をきちんと解決しないとどうにもならない。でもあいつらは当面の問題の処理にばかり終始しているんだ!」​

 こんなモノローグの意味するものは、世界のすべての価値に対して拳を振り上げているような本書の展開とも軌を一にするものでしょうし、ひょっとしたら本当のところ私はよく知らないのですが、ロックンローラーでもある筆者にとっての「パンク」の精神でもあるのでしょうか。

 そもそも自分が書いている小説世界の成り立ちに対して、盛り上がるその一瞬に冷や水を浴びせ熱狂を醒ましてしまう記述は、かねてより町田作品には見られるものですが、一つ間違えれば悪ふざけの塊のように見えかねない描写の中で、逆に作品世界の重層性を裏打ちするしたたかさを表現し、手練れな筆者の書きぶりを示しています。

 ……そんな小説です。私は一気に読みました。快作です。
 ただひとつ、読み終えた後、ふとあれはないのかと思ったことがあります。

 それは、カタストロフを描く中で、筆者は残酷さやグロテスクなど様々な要素をふんだんに盛り込みながら、本作には最後までエロスが登場しませんでした。
 批判の対象としてのエロスも、世界を批判するためのエロスも登場しません。
 これはいったいどういうことでしょうか。

 いえ、おそらくそれは筆者の問題として、また別の作品を読む時に、読者が考える材料となるものなのでありましょうか。


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Last updated  2019.09.08 18:45:09
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