【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

近代日本文学史メジャーのマイナー

近代日本文学史メジャーのマイナー

Calendar

Archives

Recent Posts

Freepage List

Category

Profile

analog純文

analog純文

全て | カテゴリ未分類 | 明治期・反自然漱石 | 大正期・白樺派 | 明治期・写実主義 | 昭和期・歴史小説 | 平成期・平成期作家 | 昭和期・後半男性 | 昭和期・一次戦後派 | 昭和期・三十年男性 | 昭和期・プロ文学 | 大正期・私小説 | 明治期・耽美主義 | 明治期・明治末期 | 昭和期・内向の世代 | 昭和期・昭和十年代 | 明治期・浪漫主義 | 昭和期・第三の新人 | 大正期・大正期全般 | 昭和期・新感覚派 | 昭和~・評論家 | 昭和期・新戯作派 | 昭和期・二次戦後派 | 昭和期・三十年女性 | 昭和期・後半女性 | 昭和期・中間小説 | 昭和期・新興芸術派 | 昭和期・新心理主義 | 明治期・自然主義 | 昭和期・転向文学 | 昭和期・他の芸術派 | 明治~・詩歌俳人 | 明治期・反自然鴎外 | 明治~・劇作家 | 大正期・新現実主義 | 明治期・開化過渡期 | 令和期・令和期作家
2020.02.03
XML
  『影裏』沼田真佑(文春文庫)

 3つの小説が収録されていますが、1つ目の小説「影裏」が芥川賞受賞作です。

 冒頭から続く森の描写、これがびっくりするくらいよかったです。
 明晰で透明感があって、何だか志賀直哉のような骨太の本格リアリズム小説の文体のようにも思いました。

 作品中盤に「十九世紀のあるフィンランドの作曲家の音楽を好んで聴くようになった」という一文があるのですが、この作曲家が誰であるか書かれていないのですが(その一方で、とても一般的とは思えないようなフランスの煙草の名前が注釈もなく出てきたり、ちょっとこんな言葉の出し入れに、筆者の悪戯めいたものがあるようですが)、私の知っている範囲で想像するとシベリウスかな、と。
 なるほどシベリウスなら、北欧の自然のような瑞々しい透明感あふれる音楽を数多く作曲しているな、そんな文章をこの筆者は目指したのかなと、私は好感を抱きました。

 この自然描写と、もう一か所、これは作品の後半に描かれる「津波」の場面ですが、ここの描写も素晴らしかった。視覚的で印象深く、頭の中に映像が浮かぶようでした。

 ……というように、感心しながら読み進めていきますと、前半部しばらくして、これは性的マイノリティの主人公の話かという事に気づきます。それがこの作品のテーマのひとつかなと思います。
 しかしそれにしては、そのテーマに触れるエピソードが何だか極端にナーバスで、本当にそれに掠っているのか、テーマにするつもりがあるのか、淡々というか、持って回ってというか、それともほのめかしているだけなのか、読み手にわからせまいと意図するかのように続いていきます。

 例えば、作品内の場面の展開が時間軸から完全に解き放たれて、行きつ戻りつを繰り返しながら進んでいくのもそんな効果のひとつかなと思います。
 それは、はじめは極めて読みづらく、場面と場面の切れ目も一行空けがあったりするわけではなく、場合によっては行替えさえないという極端な形で描かれています。邪魔くさいといえばとても邪魔くさい。

 ただ、それを理解させるヒントのような言葉がさり気なく、しかしとても光りながらすっと用いられているので、まるでオリエンテーリングをしているようで、そんな材料を拾いながら読み進めていくのも、さほど悪くはありません。

 つまり、上記に指摘した惚れ惚れするような描写といい、こんな展開の工夫といい、結局文章力でかなり読ませる作家だと思います。新人とは思えないようなこの文章力には、かなり圧倒されます。

 しかし、にもかかわらず、やはりあまりにほのめかしが多い。書かない。大事なことは書かない。そんな話の進め方をしているように思います。

 ところが終盤、主な登場人物である「日浅」の父親が出てきますが、この人物の描かれ方が、作品のトーンを一気に塗り替えてしまいます。
 ここに至るまでのよくわからないところはそのまま残りはするのですが、とにかくここから別の設定とストーリーを作ってしまって、そしてこの小説は終わります。

 確かに淡々と進む小説をどうまとめるのかというのは、なかなか工夫のしどころだとは思いますが、このようにまとめて終えるのなら、この父親が登場する以前から、視点人物の「今野」そして今挙げた「日浅」について、もう少しきっちりと書き込んでいけたのではないかと思いました。
 少し、狐に摘ままれたような終盤でした。

 ……などと思ったり考えたりしながら一作目を読み、そうして二作目・三作目を読みました。この二作は、文体から何から一作目の「影裏」とは趣が大きく変わっていますが、ある意味、「影裏」の読解にとても役立つ作品になっています。

 直接描かれなかった「影裏」の重要テーマの一つが、やはり世界は生きづらさに満ちているというもので、そしてマイノリティはあたかも炭鉱のカナリアのように、いち早く敏感に危険を察知すると読めるものだと思いました。

 そして「影裏」のもう一つの大地震と津波のテーマは、それを真正面から書かないことによって書くという方法で(これは解説にあったのですが、筆者は東日本大震災の際の直接の被害者ではなかったということです)、それがマイノリティのテーマもほのめかしの形になったと、私は思いました。

 大地震と津波の衝撃と、マイノリティにとっての世界の生きづらさという、どちらも深く大きいテーマを取り上げながらも、その一方に自然と独特の融和を示すキャラクター「日浅」を設定したことで、見方によっては一種の「芸術家小説」のようにも読むことができそうで(視点人物「今野」の、「日浅」への入れ込みようは、まるで芸術家とパトロンの関係のようでもあります)、なかなか興味深い作品でした。

 この筆者も、今後の作品が大いに楽しみな方であるなと、わたくしは思いました。


 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2020.02.03 09:28:16
コメント(0) | コメントを書く
[平成期・平成期作家] カテゴリの最新記事


PR

Favorite Blog

週刊 読書案内 岸… New! シマクマ君さん

やっぱり読書 おい… ばあチャルさん

Comments

analog純文@ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

© Rakuten Group, Inc.