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近代日本文学史メジャーのマイナー

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2021.04.26
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  『ニムロッド』上田岳弘(講談社)

 えっと、数回前の芥川賞の受賞作品ですね。
 仮想通貨がテーマである、と。
 なるほど、ビットコインが出てきます。けっこう大切な小道具として出てきます。

 しかし、何となくお分かりのように、わたくし、このビットコインっちゅうのが、今一つ分からないんですね。いえ、何となくならわかるんです。
 例えば、本文の最初の方に簡単に説明してあります。こんな感じ。

​ (略)確か各国の中央銀行が発行する通常の通貨とは違って、プログラムが管理する仮想的な通貨の一種だったはずだ。通貨の価値を保証するのは、ドルや円などの通常の通貨であれば中央銀行であり、あるいはその上位に位置する国家なのだけれど、ビットコインなどの仮想通貨の場合は、プログラム化されたルールに参加するPCがそれに当たる。​

 と、こんな感じで書いてあって、まー、この範囲なら何となく(本当に何となく)分かるような気がするんですが、ところが、この説明箇所から10ページほど先に、また説明があって、これがもう、わたくしには、分からない!(自慢してどうする。)

​ ビットコインは、台帳へのデータの追記をアルゴリズムに参加したPCの計算力を借りて行う。無償ではない。計算したPCには、その報酬として新たに発行したビットコインが贈られる。台帳によって存在が保証されるビットコインの、その存在そのものを担保することに力を貸すことで報酬が支払われ、そのことがまた参加者にビットコインの価値を感じさせるのだ。うまい、虚無から何かを取り出している!​

 ……まー、私の物事の理解力なんて、そもそも蚤の脳みその演算能力程度しかありませんので、この文章がよくわからないのは致し方ないとして、でも、私の偉いところは、かといってこの小説を読むのをやめるということをしないところであります。(エヘン)

 確かにこの文章の意味するところはほとんど分からないとしても、要は、何もない所から価値を生み出すシステムっちゅうのんがいっちゃん大事なんやろ、まあ、そーしといたろ、と関西弁で呟いて読み進めるんですね。
 そしてそれが、見事に、当っております。(重ねてエヘン)

 現代社会のシステムが、ほぼ個人の力では把握困難なほど肥大化し複雑化していることの、いわば作品内における象徴として、このビットコインは描かれています。

 私は生意気にも読み終えた後、仮想通貨をテーマとするこの話は、生まれるべくして生まれた現代小説や、と、これもまた関西弁で呟きました。

 ところで、ビットコインもよくわからないくせに、なんでそんな作品内容がわかったふりがでけんねん、という抗議の御意見に対しましては、いえ、この作品はここさえ放り出したら、後は普通に読める作品だからだと、お答えいたします。

 読み終えた時、私は上記の大胆不敵な感想に加え、実はもう一言、こう呟きました。

 「これは、漱石の『草枕』か。」

 漱石の『草枕』は、「非人情」をテーマに芸術作品を探していた主人公が、最後に女性の横顔に「憐れ」が浮かんでいるのを見つけて「それが出れば絵になる」と呟く作品です。

 明治39年に書かれたこの小説が、どう『ニムロッド』に結びつくのか。
 それは、ビットコインのような内実のない虚無の世界に生きているのは、やはり、斬れば血の出る生身の肉体を持つ人間だという点において、ほとんど相似形を成しています。

 いえ、明治39年の作品まで溯らずとも、私は、これは特に冒頭から中盤あたりまでを読みながら、再三、似通った読書体験を思い出していました。それは、この作品です。

 「これは、21世紀の村上春樹の『風の歌を聴け』だな。」

 ポップな書きぶりといい、モザイクにいろんな話題を繋いでいく展開といい、村上作品にそっくりです。
 主人公のライフスタイルを描き、誠実な人柄を描き、彼女とのベッドを描き、そして『風の歌』に出てくる主人公の友人、小説を書く「鼠」まで相似形の人物が出てきて、そのうえ、これもはっと気がついたのですが、「妊娠小説」でさえあります。

 なるほど、21世紀の妊娠小説は、NIPTが噛んでくるのか―。(「NIPT」ってのは、もちろんよくわかりませんが、これはウィキで何とかなります。)

(文芸評論家の斎藤美奈子は、村上春樹の『風の歌を聴け』を、近代日本文学の正規の伝統に則った「妊娠小説」と位置づけています。ついでに少し補足すると、近代妊娠小説の父は森鴎外『舞姫』、母は小栗風葉の『青春』であります。)

 私はもう今となっては大昔ですが、初めて『風の歌を聴け』を読んだ時、描かれている「喪失感」にかなり心が動いたのですが、本書ではそれはむしろ「虚無感」といった方が適当でしょう、虚無から価値を生むビットコインと合わせて。

 そして、この真っ黒で硬く深く冷たく固まったような「虚無感」をどのように終えていくのか、少し気になり始めた作品後半から終盤にかけて、(私は一度読み終えてからもう一度パラパラと繰り直したのですが)筆者は実に巧妙に一つ一つ手を進めて、そして先ほどの私の連想で言うところの『草枕』的エンディングに持っていきます。

 せっかく虚無の漂う「非人情」の世界を描いてきたのだから、古い酒を新しい器に盛るような終わり方ではない、もっと突き抜けたものを提示できなかったかという思いは、全くないとは言いませんが、やはり肉体と感情を持った人間が筆者であり読者でありますから、ここは、まずまず、というところで……。


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Last updated  2021.04.26 19:32:37
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