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カテゴリ:昭和~平成・評論家
『砂のように眠る』関川夏央(新潮文庫) この文庫本は、かなり昔から私の本立ての中にあったのですが、この度ふらっと手に取ってふらっと読み始めて、今まで本書を最後まで読み切っていなかったことに気がつきました。 そして、なぜ読み切っていなかったのかの理由についても、なんとなく思い当たるところがありました。 それは、本書の構成のせいで、それについては筆者が「はじめに」という一文でこう触れています。 この本はかわったつくりかたをしてある。小説と評論が交互に六章ずつならび、合計十二章からなりたっている。 そして「奇をてらって選んだ変革的構成ではない。」と書き、さらに「『戦後』時代を可能な限り客観的立体的に描く方法」として考えたものだとあります。 この度私は、ようやく本書を最後まで読み切って、筆者のこの「はじめに」の記述について、二つの感想を抱きました。 一つ目は、私が今まで本書を最後まで読めなかった理由と重なっているのですが、全く個人的な好悪なのですが、はっきり言っちゃいますと、小説部分が面白くない。(スミマセン) 筆者の短編小説については過去に1、2冊読んだ記憶があるのですが、例えばその報告は、この拙ブログには載せていません。なんといいますか、こんな感じの読書報告は載せない方がいいんじゃないかと思ってしまうような感想でありました。 もう一言だけ突っ込んで書きますと、極く個人的に、「華がない」「理が立っている」と私は思ってしまうわけですね。(スミマセン) というのが一つ。 そして、二つ目の感想としては、一つ目が否定的の感想であるにもかかわらず、しかし、なるほど、筆者が評論章の間に同時代を舞台にしたこのような小説の章を挟みたがったわけは理解できる、というものでした。 つまり私は、この小説章がなければ、一冊の本としての戦後史の記述に、あまりに救いがなくなってしまうからじゃないか、と感じたのでありました。 それは、少し陳腐な表現になりますが、「右も左もぶった切る」という言い方を本書の記述に重ねますと(私はかなり重なるんじゃないかと思うのですが)、本書の戦後史認識は、「右」はもちろんひどいが「左」も詐術的にひどいじゃないかと書かれているように思いました。 そんな評論章だけを展開してしまうと、あまりに救いがなくなってしまう。確かにそんな時代だったかもしれないけれど、同時にそこにわれわれは、日常生活を勤勉に(あるいは放恣に)積み重ねていたじゃないかという記述が、どうしても別視点として必要だろう、と。 いかがでしょう。 ただ、そう思って本書を読めば、そこにはニヒリズムの影がつきまといそうです。 そしてわたくしは、実は、この筆者の多くの作品にその匂いを嗅ぎます。 本書は、戦後の各時代の精神を反映した6冊のベストセラーを提示して、その読み解きをするという形で評論章を進めています。 その中で、おそらく筆者が最も共感したベストセラーは、終わりから二つ目に描かれる(もはや戦後と呼ばれる時期は終わったあとの)、いわゆる70年前後の「政治の時代」を舞台にした高野悦子の『二十歳の原点』でありましょう。 私は筆者がこの『二十歳の原点』と作者高野悦子を取り上げた文章を、本書以外で二つ読みましたが、本書のその章の最後には、あれから年月がたつが、今どうやって生きているのだろうと思う女性のひとりとして、高野を挙げます(もちろん高野は二十歳で鉄道自殺を遂げています)。そして、最後の一文をこう締めくくります。 もはや家計簿の余白の心覚え以外には日記めいたものをかいていない高野悦子の、その中年になっても整った顔だちを想像するとき、やはりはるかなむかしに友をひとり失ったのだ、とわたしはひそかに思うばかりである。 最後にもう一つ極く個人的な感想を書きますが、筆者の評論文の魅力は、切れ味の鋭いシニカルな水際だった文章の中に混じる、こんな甘甘の部分にあるのじゃないかと私は思っています。 そしておそらく、筆者はこんな部分をおのれが書くことに対して、ひどく恥ずかしがっているのじゃないか、とも。……。
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Last updated
2022.09.12 16:35:24
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