【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

近代日本文学史メジャーのマイナー

近代日本文学史メジャーのマイナー

Calendar

Archives

Recent Posts

Freepage List

Category

Profile

analog純文

analog純文

全て | カテゴリ未分類 | 明治期・反自然漱石 | 大正期・白樺派 | 明治期・写実主義 | 昭和期・歴史小説 | 平成期・平成期作家 | 昭和期・後半男性 | 昭和期・一次戦後派 | 昭和期・三十年男性 | 昭和期・プロ文学 | 大正期・私小説 | 明治期・耽美主義 | 明治期・明治末期 | 昭和期・内向の世代 | 昭和期・昭和十年代 | 明治期・浪漫主義 | 昭和期・第三の新人 | 大正期・大正期全般 | 昭和期・新感覚派 | 昭和~・評論家 | 昭和期・新戯作派 | 昭和期・二次戦後派 | 昭和期・三十年女性 | 昭和期・後半女性 | 昭和期・中間小説 | 昭和期・新興芸術派 | 昭和期・新心理主義 | 明治期・自然主義 | 昭和期・転向文学 | 昭和期・他の芸術派 | 明治~・詩歌俳人 | 明治期・反自然鴎外 | 明治~・劇作家 | 大正期・新現実主義 | 明治期・開化過渡期 | 令和期・令和期作家
2023.03.26
XML
  『英子の森』松田青子(河出文庫)

 この作者は、わたくし、初めて読んだ作家ではありません。少し前に『スタッキング可能』という本を読みました。(これは個人的な私の問題なのかも知れませんが、若い作家の作品を初めて読んで、また次も読みたいと思える方が、どうもあまりいないように感じるのですが、やはり私自身の問題なんでしょうかねえ。)

 『スタッキング…』は、とてもおもしろかったです。
 しかし、そもそもこの筆者のペンネームは、これは何なのでしょう。まあ、近代日本文学史を遡れば、二葉亭四迷という大物の人を食った筆名がありますから、この程度はまだおとなしいのかも知れませんが、このユーモラスさとシニカルさは、そのまま『スタッキング…』の中にありました。

 扱っているテーマは、わりと正当なんですね。
 人間不在の労働環境とかフェミニズムとか、そんなざっくりまとめが、(もちろんいろいろはみ出すところを持ちながら)できるかも知れません。
 ただ、この小説達の(『スタッキング…』は短編集です)おもしろいところは、そんなざっくりテーマをずらしてずらして訳が分からなくなるくらいにずらして描いているところであります。いわゆる、論文や評論文とは異なる小説の醍醐味ですね。

 そしてそこにおいて、筆者はとても魅力的です。
 繰り返しになりますが、ユーモラス、シニカル、内出血のような笑いはとてもおもしろいし、言語センスには水際だったシャープさがあるように感じます。それは才能というよりも、運動神経みたいなものでありましょうか。

 で、さて、冒頭の本書であります。
 ……うーん、なんか、もひとつ。(ごめんなさい。)
 『スタッキング…』の方が、深みというか厚みというか、展開そのものに小説的な「おいしさ」があったように思いました。

 これは難しいところで、風刺だけでは文学的な深まりは、きっと難しいのでしょう。テーマがあまり剥き出しになると、作品がやせてしまうという、なかなか難しい所であります。

 ただ、これは「おにいさんがこわい」という作品の一節ですが(本書も短編集であります)、テレビの幼児番組で「おにいさん」がいきなり本番出演中の幼児に大声で恐がられてしまいます。それをステージ脇から見ていた「おねえさん」の、次は私だという恐怖の独白場面です。

​ おねえさんはようやく決まった大きな仕事だった。評判も上々で、何の問題もなく一年が過ぎた。このままいけると思っていた。そうしたらこれだ。おねえさんなんて本当はどうでもいいと思っている私の気持ちを、あの子はすぐに炙り出すだろう。そりゃそうだ。おねえさんなんかじゃないのにがんばろうとするから。つまらない夢を見るからこうなる。もうたくさんだ。やめてもおねえさんだった事実は消えないだろう。ニセモノのおねえさんだったのに、さもさも本当のおねえさんだったかのように、ネットや見ていた人の脳みそに情報が残るだろう。私がこれからどんな仕事に就いても、私を見たことのある人覚えている人が、あなたはおねえさんだったでしょう、すごいじゃない、とにこにこ笑いながら言うだろう。すごくなんかないのだ。私はニセモノだったのだから。それよりいっそその記憶を大海原に捨て去ってほしい。セメントブロックの重りをつけて二度と浮き上がらないように。​

 どうでしょう。
 軽くおもしろがって読み飛ばしてもいい場面なのかも知れませんが、この恐怖の独白にリアリティ、あるいは普遍性はあるのでしょうか。

 私しばらくじーっと考えたのですが、ないとは言えないだろう、と思いました。
 引用部の最後の方に描かれている事柄を、「デジタルタトゥー」という言い方でまとめることもできそうですが、そうでなくても、ここに描かれようとしているのは新しい社会で人間が出会う新しい「危機」と言えなくはないように考えました。少なくとも私は今までこのような「危機」について、人ごとでなく真剣に向き合った記憶はありません。そんな私にとっては、何か「新しい」ものと感じました。

 実は、私は本短編集の作品には、結構「好き嫌い」を感じました。
 6つのお話が収録されているのですが、私はその中の「おにいさんがこわい」と「スカートの上のABC」がおもしろいと思いました。

 上記で触れた「おにいさん…」の話は、この後、どんどんストーリーがずれていきます。そもそも引用したおにいさんの話は、作品冒頭からずれまくった展開でありますし、この後のエピソードもどんどん地崩れのように横滑りしていきます。

 こんなお話は、その終え方が結構難しいと私は考えるんですね。
 上に挙げた「スカートの…」も同じで、両作品とも、筆者は実に興味深いエンディングを書いています。ただ、それが優れているのかどうかは、私には分かりません。深さとか趣とか余韻とかがあるわけではありません。(むしろそれらの極北。)
 ただ、このエンディングを、私は何となく捨てがたく感じます。

 あるいは、こんな一種「人を食った」ようなエンディングを書いた筆者の内面が、興味深いのかも知れません。正体がまだ分からないという高揚感。
 私はふと、初期の短編小説に安部公房は、こんな話を書いてはいなかったかしらと思ったりしました。……でも、まぁ、……。


 よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 
   ​にほんブログ村 本ブログ 読書日記





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2023.03.26 19:20:51
コメント(0) | コメントを書く
[平成期・平成期作家] カテゴリの最新記事


PR

Favorite Blog

徘徊日記 2024年10… シマクマ君さん

やっぱり読書 おい… ばあチャルさん

Comments

analog純文@ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

© Rakuten Group, Inc.