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近代日本文学史メジャーのマイナー

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analog純文

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2024.01.27
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『百年泥』石井遊佳(新潮文庫)

 近代日本文学に哄笑できる作品は少ない、というのは、別にわたくしのオリジナルな発言ではありません。多くの方がお考えのことにわたくしも賛同しただけのことであります。

 この度の紹介図書は2018年の芥川賞受賞作でありますが、わたくしも何人かの芥川賞受賞作家の、それも、女性の方が主で、いくつかの作品を読んでいますと、なかなかセンスのいい笑いを提供してくれる方が結構いらっしゃることに気が付いています。(一例だけ挙げてみますと『コンビニ人間』村田沙耶香など。)

 でもその笑いは、哄笑、というのとは少し感じが違う、自虐ネタ、ぽいものではないかとも思います。

 で、さて、今回の報告図書であります。
 本書は、最初にざっくり書いてしまうと、「ホラ話」であります。(少なくとも前半は。詳細後述)
 そして「ホラ話」とは、まさに西洋文学の本流であります。
 私の貧弱な知識でも、例えば、マーク・トゥエイン、『トリストラムシャンディ』、『ガルガンチュワとパンタグリュエル』など、そうそうたる作家作品が挙げられます。

 そんな「ホラ話」の系譜に、舞台がインドというわけで、そこには南米文学的マジックリアリズムがかぶさってきたもの、という感じのする小説であります。(少なくとも前半は。後述)

 ​チェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭った私は果報者といえるのかもしれない。​

 この一文で作品は始まります。
 豪雨がやんだ後、氾濫したアダイヤール川に掛かっている橋にあふれる「百年泥」の様子が描かれます。
 そして、文庫本のページでいえば17ページめ、橋の上を歩く「私」の場面にこう書かれています。

 (略)うとうと考えたところへ私の真ん前を歩いていた黄色いサリー姿の四十年配の女性が、いきなり泥の山の中へ勢いよく右手をつっこみ、
「ああまったく、こんなところに!」
 大声で叫びながらつかみだすと同時にもう一方の手で水たまりの水を乱暴にあびせかけ、首のスカーフでぬぐったのを見ると五歳ぐらいの男の子だった。

 ……いきなりのこの描写を読んで、えっ? と戸惑わない読者はいないと思いますが、その戸惑いにめげずに読み進めると、その先は哄笑を伴いつつも迷宮のような「ホラ話」に突入していきます。

 また、その書きぶりが極めて真面目で堅実。易しく丁寧な文体と来ていますから、真面目な顔してウソをつく、そのものであります。(新潮文庫カバーに筆者の写真が載っているのですが、真面目そうなお顔の女性があります。まー、得てしてこんな真面目タイプこそ「ウソつき」なのかもしれませんがー。)

 泥の中から、いろんな人々や主人公にとって様々な過去を思い出すものが現れてくるのですが、ちょうど中盤あたりで、やはり泥の中からガラスケースの「人魚のミイラ」が出てきます。

 ここからが、後半ということができるでしょう。
 後半はその「人魚のミイラ」と重なって、イケメンのインド人青年の過去が大きくクローズアップされてきます。

 (そのイケメン青年について、いかにイケメンであるかのエピソードが書かれてあって、「顔から血の気がひくほどの美形の男」とか、そのイケメンに上目遣いでじっと睨まれた「私」は一瞬意識が飛んで座り込んでしまい、「手をやると顔の両脇の髪がちりちりに焦げている」などと書かれてあります。よーやるわ。)

 そして、後半ですが、それが、ざっくりまとめると、自分探しの話になってくるんですね。インドまで旅をしてたどり着いた「私」が、過去を振り返って自分を見つめる、という。

 そんな展開自体が悪いとは、私も思いません。
 やはり「自分探し」は文学の大きなテーマだと思います。ただ、そこに、やはり少しの既視感がみられ、前半のまれにみる「ホラ話」と比較したとき、少し描かれた空間が縮んだ気がしたというだけであります。

 ただ、最終盤、もう一度すべてをご破算にする泥掃除が描かれます。
 このエンディングは悪くないと、私などは強く感じるものでありました。


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Last updated  2024.01.27 16:30:07
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