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2024.02.25
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カテゴリ:明治期・耽美主義
  『墨東綺譚』永井荷風(新潮文庫)

 この作品は2度目の読書報告をするのですが、前回同様、最初に一言申し添えます。
 「墨」の字が、違うんですね。
 本書の最後に「作後贅言」と銘打った筆者のあとがきのような文章(これがけっこうたくさんのページになっていて、少し気になるところでもあるのですが。)があって、「ぼくとう」の「ぼく」の漢字が、サンズイ偏に「墨」であることについて、「林述斎が墨田川を言現すために濫に作ったもの」とあります。
 そして私の用いている日本語変換ソフトに、その字がないんですね。
 なんかとっても情けないのですが、ご勘弁いただくということで、よろしく。

 ということで、本書2回目の読書報告です。
 多分、3回は読んでいる(ずーっと若い頃に初めて読んだ記憶があります。まー、100ページほどの薄い本ですから。)と思いますが、この度読んでちょっと驚きました。

 というのも、ずっと若い頃読んだ感想についてはもちろんほぼ忘れていますが、2回目の読後感想は拙ブログにあり、そこには「僕はもう一つ面白く感じなかった」と書いてあります。

 で、そのことを覚えていながらこの度読み始めて、しばらく読んだ段階で、すでに私は、「これけっこうおもしろいやん」と感じたんですね。そしてそのまま最後まで、とっても面白かったです。

 ……うーん、この違いって、我がことながら、一体何なんでしょうねえ。
 本書解説にもありますが、この小説は、荷風の代表作のように評価されていますが、私も今回読んで、なるほど納得できると思いました。
 なぜこの面白さを、かつては感じなかったんでしょうねえ。
 ……うーん、困ったものだ。(と、とりあえず他人事みたいにごまかして。ごめんなさい。)

 で、なぜこんなに面白く感じるのか、やはりちょっと真面目に考えてみました。
 そしてそれは、割とすぐに気が付きました。

 とってもたくさんの「読者サービス」が施されているからです。
 でも荷風って、こんなに読者サービスをする作家だったんですかね?
 そのサービスを、ちょっとパロディっぽく項目にして挙げてみますね。

 入れ子仕立て物語
 懐かしの明治風俗ガイド
 夜の東京探訪記
 変身わくわく体験記
 娼婦遊び心得入門
 軟派小説の読み方

 と、いかがでしょうか。(少しふざけすぎていますでしょうか。)
 しかし、ざっくりこんな内容の小説を、荷風は昭和12年朝日新聞夕刊に連載したんですね。

 すると、文中にしばしば出てくる、関東大震災で崩壊した江戸期の都市風俗のノスタルジアに加え(江戸風俗は関東大震災で完全に息の根を止められたとは、私も何かで読んだことがあります。)、迫り来る世界大戦に向けて日々厳しく窮屈になっていく世相の拡がりという、まさに絶妙のタイミングに書かれた本作は、圧倒的な人気を博し、「荷風復活」と称されたそうです。

 ……「荷風復活」
 なるほど、本作で「復活」と称される文壇状況に、本作執筆直前の荷風はいたわけでありますね。(これについては、ネットでも少し調べればいろいろわかりますが。)

 しかし、それらに加えて、やはり何と言っても本作が人気を博したのは、やはりこんな部分でしょうか。(どちらも玉の井の娼婦「お雪」についての描写。)

 性質は快活で、現在の境遇をも深く悲しんではいない。寧この境遇から得た経験を資本にして、どうにか身の振方をつけようと考えているだけの元気もあれば才智もあるらしい。男に対する感情も、わたくしの口から出まかせに言う事すら、其まま疑わずに聴き取るところを見ても、まだ全く荒みきってしまわない事は確かである。わたくしをして、然う思わせるだけでも、銀座や上野辺の広いカフエーに長年働いている女給などに比較したら、お雪の如きは正直とも醇朴とも言える。

 お雪は毎夜路地へ入込む数知れぬ男に応接する身でありながら、どういう訳で初めてわたくしと逢った日の事を忘れずにいるのか、それがわたくしには有り得べからざる事のように考えられた。初ての日を思返すのは、その時の事を心に嬉しく思うが為と見なければならない。然しわたくしはこの土地の女がわたくしのような老人に対して、尤も先方ではわたくしの年を四十歳位に見ているが、それにしても好いたの惚れたのというような若しくはそれに似た柔く温な感情を起し得るものとは、夢にも思って居なかった。

 いかがでしょうか。
 こうして二つの部分を並べてみると、なんというか、人気の秘密が案外単純なものであることに気が付きますね。
 要するに、物語の土台にあるものは、若く純朴な異性に思いがけず心を寄せられる年配男性の、まー、ファンタジー、ですかねえ。

 いえもちろん、そればかりではないことは、上記に少しふざけた調子で書きましたが、「入れ子仕立て物語・懐かしの明治風俗ガイド・夜の東京探訪記」などについて、実にしみじみと語っているその筆致に、十二分の読みごたえがあることからもわかります。

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Last updated  2024.02.25 12:06:50
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