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CHINA QUEST*中国にはまったOL⇒女性社長の人生修行

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2008/06/29
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テーマ:海外生活(7774)
カテゴリ:上海留学時代


私が当時感じた上海:

外灘のアールデコ様式の建築物を代表に
その他、街中に見られる西洋風建築。

租界という徹底した西洋文化の残り香に
うっとりするような優雅さを感じ。


一方では豫園商場に見られるように

庶民の活気がダイレクトに伝わってきて。
中国扇子や硯、水墨画に中国文化を味わう事が出来る。



そして、ふと振り返った夕刻の裏通り。

確かにどこかで見た事があるような
どこで見たのか思い出せないような。

まるでタイムスリップしたような懐かしい感覚。


西洋文化と東洋文化、中国文化が混在し
そして融合している街。



上 海





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これらが外から見る表玄関だとすると





生活して見えてくるのは、
タイムスリップしたような異文化ワールド。



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バスはボロボロの2連結で、木の椅子。
0.5元で大抵の所はいける。

空調車も出来たんだって。
でも1元。
どうする?
う~ん・・・(考)

でも朝晩の通勤ラッシュ時は要注意、
人が多くて乗れたもんじゃない。


切符の買い方?

バスの中に切符切りのオバチャンやオジサンがいて
行き先を告げてお金を渡して切符を買う。

オバチャンが遠くても大丈夫。
みんながお金をオバチャンの所にリレーして
切符もリレーして返してくれるから。




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旅行中も思ったけどさ。

ぶつかっても足踏んでも、やっぱり皆、謝らないね?(小声)

「対不起(すみません)」って教科書に書いてたけど

中国人から聞いた事、一回もないよ。

・・・死語なの?(汗)

(今は当時に比べると、割りと聞きます)




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市場では野菜や肉を量り売り。

魚泳いでるし、鶏は生きてるしで(汗)
どうしよう。
自分で捌(さば)くって無理!(大汗)


先に選んでおくと
他のもの買い物している間に
捌(さば)いておいてくれるらしい。

なるほど・・・



ビニール袋は、なかなかくれないから
リュックサックや買い物袋もって行こう。

近所にスーパーも、あるにはあるけど、
コンビニに毛が生えた程度で。

生鮮食品を買うような所じゃない。




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夜になったら、出店があった。


・・・出店?

へぇ~、何でも売ってるのね?
夜だから夜市ってところかな。

オモチャ、カセットテープ、古本、
バケツ、洗濯ばさみ
服から枕カバーから何でも…

でもモノは安かろう悪かろうだね。
絶対、長持ちするようなもんじゃない。

買うなら、イチかバチか。
買っちゃう?安いし。(笑)



中古TVも売ってるの!?

白黒で150元。(1,650円)
カラーで400元。(4,400円)

高くない?
ああ、ネゴ代入ってるよね。


でも・・・
持って帰った途端に、潰れるかもしれんなぁ~(汗)



ねえねえ。

時々、公安が来たら、皆すごい勢いで店畳んで
逃げて行くけど・・・

出店って違反なの?(汗)





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夏は暑い!

クーラーなんて庶民は持っていなかった。
扇風機だって持ってる人少なかった。

夏の夜は、家の前に折りたたみベッドを出して
皆で外に寝る。

留学生はかろうじて扇風機。
いい部屋だとクーラーはついている。

でも、部屋代にそんな出したくないしね。
扇風機で我慢しよう。

だから夏は皆、寝不足。
だる~い顔してる。




暑い時には、冷えたビールを飲みたい。
でも冷やしてない。

どこも、ぬるビールしか置いていない。

「ビンダ、ビンダ!(冷たいの、冷たいの!)」

何度か要求すると、そのウチ
冷やしておいてくれるようになった。



停電はしょっちゅう。
近くの商店の電気も全部アウト。

アイスを買いに行くと
溶けて形が崩れたアイスキャンディーしかない。。(><;



ご飯は美味しかったな。

量が多くて安くて。
でも4~5人で食べないと、
色んなの食べられないよ。

定食は、留学生寮の近くの韓国飯屋ではやってたけど
日本食屋では、やってなかったな。

天津飯、カツ丼、親子丼、あたりは
留学生が教えたけどね。



お米は、石ご飯。
御飯(米)に小石が混じってるから、そう呼んでいました。

ガリッと噛んで、歯が欠けた友達がいるから
要注意!




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冬は寒~い!

底冷えする。
何枚靴下履いても寒い。
だから中国人はパッチは必需品。2枚や3枚当たり前。

彼らの家の中にも暖房なんてなかったな。
中国人の家に遊びに行っても、みんなダウンジャケット
着たまま食事して、家が狭いからベッドをソファー代わりにして
おしゃべり。

熱いお茶を飲みながら、暖を取る。

留学生はみんな、自分で電気ストーブ買って
部屋に帰るなり、つけっぱなしだった。

でないと耐えられない、無理無理!



教室も寒かった。
暖気も1月か2月でないと、入れてくれないし。

風邪で出席率が悪いから、
学校が留学生用にハロゲンヒーター買ってくれたけど
あんなん1個で、広い教室が暖まるワケがない(笑)

仕方ないね。みんな重ね着しよう。
ハロゲンヒーターは老師に使ってもらおう!

留学生はセーター何枚も着て、
ダウンジャケット着て授業に出よう。

でもパッチは無理!(汗)




本科の美術部は大変らしい。
寒くて手が震えて絵を描けないから。

仕方ないから
ジョギングするんだって。
走って体を温めれば、手の震えは止まるからって。


すごいね・・・




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街の様子は



94年の10月、国慶節の季節に
上海初の高架道路(内環線)が出来た。

老師はとっても興奮してるけど・・・

でも、今初めて高架道路??
それで大喜びって、どうなってんの?

しかも高架の柱が細いよ??
地震来たらどうするの?

ああ、考えてないのね。。

次は外環線だって。
取り敢えず、先ず道路って事ね。

交通渋滞はハンパじゃないもの。

自家用車は全然走ってなくて、
TAXIが殆ど、後はバスとトロリーと、社用車か役所の車だけなのに。

ラッシュ時の幹線道路は、30分動かないのは当たり前だったから。




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浦東が開発されるんだって!

・・・あんな僻地を?何もないじゃない?

もうTV塔、作ってるよね。
東方明珠って言うんだって。

上海で一番高いタワーだってよ。

う~ん、高いんだろうけど… 
あの先っちょで高さ稼いでない?(~~)




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ヤオハンも出来るんだって!

ヤオハンが!?
日本食材、売ってるのかな?

こないだWelcome(外国食材スーパー)行ったけど
沢庵1本45元(約500円)よ、ふざけてるよね?

ヤオハンだったら日本食材も期待できるぞ~♪



・・・行った?
行った。

どうだった?


・・・人民すごいわ!
ものすごい人が来てたよ!
・・・見学に!
しかもパジャマ多数!(笑)(←何故かパジャマでスーパー行く人が多い)

一階に車、置いてたよ。
やたらでかかったけど、日本食材は大した事ないわ。

また遠いわ、あれ(疲)
行くだけで疲れるよ。




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私が最初に覚えた上海の建物は、4~5ツ星ホテル。

トイレの為。

外出先で普通に使えるトイレはホテルくらいしかなかった。
また中国人客が殆どいない、静かな空間だったから。

トイレのカギがやや甘かったけど、
かかりはする。
ドアも壊れていないし、総じて合格。


用を足すと掃除のオバチャンが水道の蛇口ひねってくれて
手拭き用のタオルを差し出す。

これは和平飯店だったか、ヒルトンだったか
ポートマンだったか・・・

忘れたけど、とにかく「トイレはホテル」だった。




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最初の数ヶ月間は、見るもの全てが新鮮で楽しかった。


今みたいにネットもないから、目に見えるものが事実。
ガイドブックにない事が次から次へと出てきて面白かった。




日本人留学生は沢山いたので
瞬く間にグループが沢山できて、3ヶ月で自然とメンバーチェンジが起こり
そして落ち着いた。

バイトがらみで日本人の駐在さんとも知り合いになって
交流に忙しかった。





でも・・・

中国人と全然交流できていない。





留学生は寮に隔離されているし、
普段は先生以外、中国人に接触する機会が少ない。

また日本人が多くて、そっちの人間関係が大変。




* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *




当時の日本人留学生の身分は、様々。

■ 大学受験に落ちて、取り敢えず親に留学させられた
高卒直後の男の子。(←結構多かった)

■ 高校卒業して、留学に来た女の子。

■ 大学の交換留学生。

■ 仕事を辞めてブラッシュアップの為に来た社会人留学生。

■ 企業が中国駐在を前提で留学させる企業派遣。


多分200人は日本人がいたと思う。

人数が多いもんだから留学生の中でも日本人社会はできる。
誰がどうした、彼がこうした…
誕生会やらお別れ会、歓迎会。



韓国人はもっと多かった。
でもあっちは年長者がビシッと仕切って組織になっていた。

月に1回、「アリラン」レストランに集まって
何か会議をしていたらしい。




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こんな調子だったから


中国人と接触するのって
TAXIの運転手さんや食事や買い物行った時くらい?


通りすがりすぎて、深い交流はちょっと…


と言うか、交流しなくても
日本人社会の中で生活できるようになっている。



多層社会、と言うのか。

複数の交じり合わない社会があって、
それが重なっている。




ちょっと違う気がするけど、階級社会と言った方が

分かりやすいのかな?






つづく。





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字数が多すぎて、結論書けなかった。次回に続きます。(汗)


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最終更新日  2008/07/09 02:35:25 AM
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