CHINA QUEST*中国にはまったOL⇒女性社長の人生修行
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結構ユルイな、と思った事例。。 当時、留学生は多く運動不足解消に、テニスやってました。 寮の中にテニスコートあったし 他にやる事もないしで。 それで『私もちょっとやろうかな』と。 高校の時はソフトテニスちょっとやっていたしで。 結構テニスは盛り上がって、寮内でも 頻繁に試合なんかしていたんですね。 どうせやるなら、勝ちたいし。 練習しようと。 でもコートは一つしかなかったので 壁打ちができる場所をテニス仲間と探していて。 ある日、友人が「いい場所見つけた!」 見に行くと・・・ あ~!確かに丁度いい。 ちょっと幅が狭いけど、高さは十分にあるし。 周りも広々してるしね・・・ でも・・・ 私 「ヤバくない?ここ(汗)」 友人 「いけるっしょ。誰も使ってないし」 私 「いや、そういう問題じゃなくて・・・(汗)」 友人 「他に場所ないもん、次の試合までに練習しないと。 何か言われたらゴメンって止めりゃいいじゃん。 外人だし大丈夫だよ。いいとこ退学処分だよ。」 私 「うん・・・(考)」 まあ、彼女が北京からの転校生っていう事や 淡々とした口調に妙な説得力があったので、 そこで壁打ちする事にしました。 この・・・ ・・・台座部分で。 気をつけてやってましたけど 時々、球が逸(そ)れてボディーに当たったら ヤバイ!!!(汗)(←周りを見る) でも通り過ぎる中国人学生は無表情でチラと見たり 何も言わずに通り過ぎるぐらいで。 私達も調子に乗って、その内 「反タイセイ!!」 「ダトウ○○○!!」 変な掛け声で打ったりしていたんですが、 その内、中国人学生も真似して打つ人が現れたので (↑留学生の真似をする人) あんた達は、ダメでしょ(汗) こっちが怖くなって、止めました(汗) この頃、苗さんに「モウタ○トウ批判も大っぴらに言わなければ 大丈夫」と聞いて。 随分変わったのね・・・と認識。(前回の電話トウチョウ話から考えて) * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * もう一つは。 これは留学生寮にて。 ある日、日本で見た事あるモノを着ている人を見かけました。 後姿には の文字が。 止めときな(汗) 捕まっても知らないよ(汗)(←宗教活動はヤバイ) 忠告はしました。 彼は信者でしたが「寒いから着てるだけだよ」との回答。 我々友人は、もういつ捕まるのかヒヤヒヤしていたのですが、 結局、彼は何も言われず我々の取り越し苦労だったのか・・・と。 *後に法○功が広まりましたが、 数が多くなったので邪教になっちゃいました。 数が少ない時は重視しませんが、勢力が大きくなり 反タイセイの可能性が出てくると、一挙に押さえ込みます。 それは昔も今も、変わりません。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 表面上は自由に感じられるようとは言え、 一番根っこの部分は違いますから、歴史認識があったり ある程度滞在期間の長い留学生はその辺りは注意していました。 でも、新しい留学生はどんどん増えていっていて。 日進月歩で街並みも変化し経済発展も進んで、 その辺を意識しない学生も増えてきました。 ある日。 新しい留学生達が地域情報誌を作る、という話を聞きました。 小さい印刷会社に依頼して、日本人留学生による 自主的な上海情報誌を作る、と。 へぇ~・・・ 情報には飢えに飢えていたので感心する一方、 老同(古い留学生)達は遠巻きに見ていました。 なんか、違う気がしたのです。 個人的に夜、お酒飲みに行って暴れたり こっそりバイトしたり、 マオ像で壁打ちしたりするのとは違う性質の。 かくして、創刊号は発行されました。 字はタイプしてあり、挿絵も入れた立派なミニコミ誌でした。 日系企業の事務所にも配っていて 結構、好評でスポンサーも何軒か決まりました。 そして第二号を発行しようという時。 編集の留学生が、公安に拘束されました。 つづく。 この話は1994-1996年の上海での体験談を書いています。 ↑ よろしければ是非、一回押してやってください。。 新同は大騒ぎ。老同の反応は「やっぱり・・・」でした。 扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。 私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
【完結】心の恩人 2008/07/31 コメント(14)
【21】心の恩人 2008/07/30 コメント(6)
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