前回の続きです。
ダフ屋の兄ちゃんは、身長170センチくらいで、やせ形。
服装は着古した色Tシャツに短パンといった所。
五分刈りくらいの短髪で、顔立ちは目鼻口、みんな普通くらいの
大きさで特徴がない顔立ちだった。
一つ特徴があるとすると表情に険がなかった。
バイトでダフ屋をやっているような
業界にまだ染まり切っていないような
普通の感覚を持っている表情があったのだ。
先ずは、どこの出身が聞いてみた。
この手の商売は、多くが外地人(地元以外の人)だ。
すると四川省、だという。
上海の食堂に住み込みで働いていた四川出身の料理人の女の子を思い出した。
彼女は帰郷するのに列車やなんやで片道1週間かかるって言ってた・・・
(1994年の思い出から)
遠いな。
「あなた、よく帰郷してるの?」
「してない」
「帰らないとお父さんお母さん寂しがるでしょう」
「はは、帰りたいけど、帰っても仕方ないし」
彼が言う「仕方ない」は、仕事もないし発展性がない、という意味だ。
「あなた、いくつ?」
「25」
「いつから、この仕事してるの?」
「2年前かな」
「最初から、この仕事?」
「いやいや、最初は工場に勤めてた。
でもキツイし給料安いから・・・。こっちの方が稼ぎはいいし」
「月いくらくらい?」
「ん~大体2000元かな」
2000元か…
私は自分の勤務する工場を思い浮かべた。
確かに工場のオペレーターなら普通に勤務して月に1000元程度。
2000元なら、外国語が話せる事務職の初年度給料くらいかな。
確かに、ダフ屋の方が稼ぎは良いだろう。
(2004年くらいの話です)
「一人でやってるの?」
「いや、仲間がいる。」
「あ、そうなの?グループがあるんだ?
さっき電話してたのは、仲間?」
「そう。みんなで協力してやってる」
ふ~ん・・・
この時、ふと思った。
彼は、この仕事に対してどう思っているんだろうか、
誇りに思っているのか、それとも・・・
「ねえ、あなた、この仕事をずっと続けるの?」
すると彼は
「まさか!」と即座にいい「その内、辞めるよ」と笑った。
そして、少し遠くに目をやって
「将来は結婚して、子供を持ってさ・・・」
自分の青写真を空に眺めているように、微笑みながら言った。
そうか・・・
兄ちゃんも、ダフ屋をやりたくてやってるわけじゃないんだな。
彼を初めて、一人の人間として見れた気がした。
「あ、そろそろ行くわ。時間だし。あ、あなたの連絡先教えてよ。
また切符が必要になったら電話するわ」
私は李くんから電話番号をもらい、握手をして別れた。
「将来は結婚して、子供を持ってさ・・・」
まぶしそうに、幸せそうに語った李くんの顔が、とても印象的でした。
彼との会話で、通りすがりの中国人のダフ屋にも、
当たり前ですが希望や人生があるのだと思いました。
同時に、彼は中国の格差社会の厚い壁の前に
自分の希望を叶えられたのだろうかと、
それとも乗り越えられずに、
まだダフ屋か、類似の商売をしているのだろうかと
時折行く中国出張で
駅前や道端で、その日暮らしをしている人を見ると
李くんはどうなったかなあ、と
胸をよぎるのです。
【おわり】