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カテゴリ:娘達のこと
1女が学校から帰ってきてあのね~と話し出した。 ○君が一緒に帰ってくれん・・・ ○君とは家がすぐ近くで(他には2件しか家がない)クラスも一緒で朝の登校班でも一緒なので帰りも一緒に帰ってくる。でも、だんだん一緒に帰っていなかったので気になっていた。 1女ねちゃんとお友達なんだから一緒に帰ろうっていったのに一人がいいって言わした・・・
なぜ一緒に帰りたがらないのか1女には理解が出来ないようだった・・・ 朝から一緒に行く時に挨拶をしてもわたしの顔を見ず、1女がその子の前なのでわざと入れないようにしているのを感じていた。でも、そこは子どもの世界、そう思っていたのだが、1女も感じていたのだ。いろんなことを話してスッキリしたのか外に遊びに行くのを見てほっとしていた。 うちの駐車場に敷物を敷いてトランプを前の家の子としていた。 すぐに帰ってきてままごとするから帰ってと言われたと言う・・・ その後やっぱり遊びに行くと今度はかてん(仲間に入れない)と、言われたと、言って帰ってきたよくよく聞くとぞうりをたんぼの中に投げられたというのだ。思わず 誰がしたとね? と聞いてしまった。○君だった。 わたしが出来ることはなんだろう?今なんか言ったろ?と、子どもに言いに行くことだろうか?1女を出来る限り慰めることだろうか? わたしは生きていくには苦しいことがある。でも、それを乗り越えることはとても素晴らしく、自分の力を信じるだけでそれは出来る。そう教えてあげたかった。だから、わたしが出来ることはニコニコ笑ってそうだったんだね。といってあげることぐらいだった。 ちょうど出来上がった昆布の佃煮を持って、1女にこれ届けに行こうか?と言ってみた。すると、うれしそうにうん!と言って家を飛び出して行った。 ○君の家には誰もいない。こんにちは~と挨拶をしても返事もしない・・・ そこで、1女の手をぐっと握り言ってやった。 いつもありがとうね~ 空に向かって言ってやりたかった。神様どちらの味方をしますか?と・・・わたしが神様なら1女に味方するだろう。父もきっと助けてくれる。でも、目に見えるご褒美なんて本当のご褒美かどうかわからない。今1女の心にある小さな傷がきっといつか役に立つ最高のプレゼントになるだろう。 いつかシャンパングラスの話を聞いた事がある。シャンパンの小さな気泡の筋を作るためにそのグラスの内側には小さな傷がつけられていると言う。その傷のおかげで夜景の似合う最高の美を作り出すのだ。 そんなことを考えながら1女の顔を見ると涙が出そうだった。 もう一件のおうちにも行き、おすそ分け、 そしてまた1女の手を握りいつも遊んでくれて助かっています。ありがとうございます。と言った。 1女はなにも言わない。私は媚びるためにそう言ったのではない。こちらがいつもありがとうございますと言う姿勢でいれば必ずいい方向に向かうと言うことを知ってほしいのだ。 どんなにつらくてもありがとうと言う言葉はいい方向に向かうことのできる言葉だと思うし、そういう大きな心で物事を見てほしい。 人を変えることは出来ない。でも、自分を変えることは出来る。そのとき周りも変わる。そう思って生きたほうが幸せだとわたしは思う。だって、幸せは人が与えるものではなく、自分で感じるものだから・・・ 下の2人をお迎えに行ってから、またみんなで遊んでいた。今度は楽しく遊べたようだ。1女は遊びながらも下の2人の面倒を見て、ちゃんと手をつながせて帰ってきた。人はつらい時人に優しく出来るように思う。人の痛みがわかるようになるからだろう。1女はたった6年しか生きていないのに私よりずっときれいな魂を持っている。 明日仲のいい友達とキャンプに行く。 きっと1女は何も気にせず自分を出して楽しむことが出来るだろう。
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