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セミリアイア「晩年」日記

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2024.08.26
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カテゴリ:仕事
​ 「後悔」という感情は、今、ここにある「現実」とは違う「あり得たかもしれない現実」を仮想し、「(あの時)こうしていたら、こんなことにはならなかったのに」と思う感情である。眼前の現実は一つだが、あり得たかもしれない現実は無数に仮想できる。筆者はそれらが「可能性の空間」に存在するとしている。

 「可能性の空間」が仮想できるためには、今、ここにある「現実」の世界を「論理的に」組み替えることが必要である。例えば、目の前で「白い犬が走っている」という現実を、「赤い犬が逆立ちしている」と組み替えることは可能だが、この時我々は、現実の世界を「白い」(性質)、「犬が」(対象)、「走っている」(動作)という3つの要素に分節しているのだ。だからこそ「白い」を「赤い」に、「走っている」を「逆立ちしている」に組み替えることができるのである。だから「可能性の空間」を仮想するためには「分節化された世界」が必要である。

 また、「世界を分節」するためには、「言語」が必要である。「色」について、我々は「白」、「赤」、「青」等々の「言語」を持っているからこそ、眼前の「白い」犬を、「赤い」犬と組み替えて、「論理空間」(言語的な論理において可能だ、という意味での「可能性の空間」)を仮想することができる。

 つまり、「あり得たかもしれない現実」を仮想するためには、「分節化された世界」が必要であり、世界を分節化するには「言語」が必要である。

 猫は、少なくとも人間が持つような「言語」は持っていない。猫の言語は「毛を逆立てる」、「鳴いてすり寄る」などの動作であるが、それはその時の猫の本能的心性に基づいているのであって、「毛を逆立てる」行動を、「仮想的に」「鳴いてすり寄る」行動に組み替えることはできない。よって、猫は世界を分節化することも、「論理的仮想空間」を持つこともできない。

以上の理由で、猫は「後悔」できない。(788字)





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最終更新日  2024.08.26 08:29:11
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