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カテゴリ:イスラエルライフ
いろんな物の見方から本質を見抜く力を学べる教育作りを...
人の生き方やものの見方を変えるような前代未聞の原発事故をどう学ぶのか。先生も生徒も共に悩み、教え合うしかあるまい。そのための材料を教科書にはたっぷりと盛り込んでおかなくては。 検定の申請は事故発生からほどない昨年五~六月に締め切られた。原因や影響の全体像が判然とせず、記述を見送った教科書会社も多い。検定意見を恐れ、二の足を踏んだと見る向きもある。 とはいえ、これからも原発をめぐる大きな動きが相次ぐ。政府や国会による事故調査の結果が出る。エネルギー政策が軌道修正される。福島県の除染が進み、復興が本格化する。 今秋まで中身は訂正できる。原子力が抱える問題は多岐にわたる。なるべく多くの教科書にさまざまな視点から考えさせる材料をふんだんに盛り込んでほしい。 先生にとっても手探りの授業になる。一方的に知識や理論を伝えるのではなく、生徒と共に議論を重ね、互いに教訓を学び合う。いわば師弟の立場にとらわれないような教育が試されるだろう。 一九五〇年代に原子の火がともって以来、原発は国策として進められた。米国スリーマイル島原発や旧ソ連チェルノブイリ原発の重大事故があっても、原発の安全性を疑問視するような記述は検定のやり玉に挙げられた。 領土や歴史、自衛隊と同じように政治的思惑で検定が左右される事態は許してはなるまい。広範囲に及ぶ放射能汚染、故郷を追われた大勢の住民、電気を大量に消費する社会…。厳然たる事実に基づく教科書づくりが大切だ。(原発と教科書 考える材料を十分に 中日新聞 社説より抜粋 ) 教科書というものは、学問の書であり、学問の書とは私情などを挟まずに、逃げ道を作らずにどこまでも本質を追及された方々の研究の賜物であって欲しいと願ってしまいますが、これも平和ボケなのでしょうか。 子供たちにはいろんな視点でそれぞれの考えなどを、自分自身と切り離した他者の意見として耳を傾けることが出来、その上でそれぞれの意見交換を出来るような人格成長が促される社会や教育が望まれてきているのでしょうか。 そうなら私も賛成で~す。 ここからが日記です^^。 動物病院に入院しているラブラドールなのですが、何かの拍子にスイッチが入ってしまうようで、吠え始めてしまいますととまらないのです。 少し耳につく吠え方だったので、静かにするようなアプローチを三通り示しました。 どれが功を奏したでしょうか。 1:大声をあげて静かにするように促す 2:小声で優しく言い聞かすように静かにするように促す 3:くぅし、 「くぅしくぅぅし!!」などといった少し甲高い素頓狂な声でこちらに呼び寄せるように声をかける 私はだいたい、この3通りで性格分類をしますが、今回のラヴラドールに効いた問いかけは、「3」でした。 彼の性格ですと、「1」ではね、逆に興奮をさせてしまいました。 また、「2」ですと、少し理解を示したような素振りは見せるのですが、すぐに吠え出してしまうのです。 犬によって、全く異なるので、どこかの犬に通用した方法でマニュアル化してしまうことは、あまりよくないと私は感じていますが、生業としている調教師の方々や、本格的な動物のエキスパートな方の意見や見解では、どんな応えが帰ってくるのでしょうか。 私がこの犬に「3」を試した時、彼は折の中で嬉しそうに尾を振りながら仰向けに横になり、お臍を上に向けて喜びを表現しました。 本の数秒前までけたたましく吠えていた犬と同じ犬なのであろうか。 まじまじと、目を近づけ過ぎて見入ってしまうことで、恐怖感を蘇らせてしまったのであろうか。 また、吠えさせちゃった(T0 T;)。 今日もよろしくお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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