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カテゴリ:ひとりごと
11日は、朝から、株の勉強のため、父に連れられて、父の友人宅へ
自宅で夫婦で パソコンの画面をずーと見て、分析し、 売買しているご夫婦でした。 2時間ぐらい 説明を聞きましたが、 分かったことは、素人もプロもどちらにも難しいということ 地道に働こうと思いました 父は、お葬式に参列するため、淡路島へ 話したいことがあったのに、会話ができなかった~ 母と商店街で買い物をしてから、 家に戻り、筋肉痛の足をマッサージ器で揉みほぐす。 東京に帰るつもりでしたが、父が淡路島に行ってしまったので、 一人で夜を過ごすのが不安な母のためにもう一泊することにしました。 (実家は商店街でお店をしていてその上に住んでいるのですが、何度も泥棒に入られ、一度は、姿を見ているので不安になるのも当然) 夜は、2人で小さな創作和食のお店へ 娘さんが作って、そのご両親がホール係のアットホームなお店 手の込んだ料理の数々に大満足して、夜の散歩へ 小学校と中学校を見に行きました。 中学校はすっかりきれいに変っていました。 懐かしいな~。と思っていたら、急に思いたった 私が産まれて、1ヵ月後にお宮参りに行った神社に行きたい 母にお願いして次の日に行くことになりました。 乗り継ぎの駅を間違えて、駅員さんに聞いて、 「お母さん、ここじゃなくて、京橋で乗り換えやねんて」と言いながら階段を上がろうとしたら、後ろにいた人が、 「京橋に行くならこっちじゃなくて、あっちの階段ですよ、お節介やと思ったけど・・・」と教えてくれた。 大阪の人は本当に親切だわ~ 駅の場所が移動していたので、迷いながらも、 なんとか神社を探し当てました。(母は名前を覚えていなかったので、聞くこともできず・・) 3歳までしか住んでいなかったので、38年ぶり 今までの感謝とこれからの決意を報告しました。(1枚目の写真) 住んでいた家は、持ち家で 現在借りてがなく、空き家になっているので、見に行くことにしました。(2枚目の写真) 姉からは 橋の下に捨てられていた捨て子と言われていた私。 その川は埋められ、遊歩道になっていました。(3枚目の写真) 家の前でおしゃべりしているおばさんがいて、母が挨拶すると、 覚えてくれていました。 「この子が一番下の子~、いや~大きくなって~、あの頃はよう遊んであげたんやで~」 私は家の中に入っても、全然思い出せなくて、懐かしい感じはしませんでしたが、コンパクトでかわいい家だったので住みたくなりました。 帰ろうとして、戸締りしていたら、 「暑かったやろ~、レイコーでも飲んで~」とアイスコーヒーを持っておばちゃんが来てくれた 大阪の年配の人は、アイスコーヒーという人より、 「冷しコーヒー」略して レイコーと言う人のほうが多いのです。 大阪の人は本当に親切~ ここで育ったことが嬉しかったです。 ほのぼのとした温かい気持ちになりました。 帰りは乗り換えの京橋駅に姉のサロンがあるので、 ちょこっと顔を出し、お昼を一緒に食べました。 実家に戻り、東京に送る荷物をまとめ、中学、高校と同じだった友達に会ってから東京に帰ってきました。 いつもは、タイトなスケジュールで大阪に行っても バタバタして帰ってくるのですが、 今回は、すごく良かったです 大阪はムシムシと夏のような暑さでしたが、東京は涼しいですね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.05.19 00:54:01
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