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 旅の空はうわの空 ~空感工房 ~

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Apr 13, 2008
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ちょうどNHKを見たら尾道を舞台にした小説、放浪記の朗読をやっていた。
バックにはいまの尾道の風景。

ついつい青空文庫で調べてしまった。
いまは寺と坂とラーメンの街になっているが、
ひと味違うふわぁとしつつも賑わいのある、
昔の尾道の息づかいを感じさせる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 『放浪記(初版)』

   旅の古里

 六月×日
 海が見える。
 海が見える。
 五年振りに見る、旅の古里の海! 汽車が尾道の海へさしかゝると、煤けた小さい町の屋根が、提灯のように拡がって来る。
 赤い千光寺の塔が見える、山は若葉だ、海のむせた[#「むせた」に傍点]緑色の向うに、ドック[#「ドック」に傍点]の赤い船が、キリキリした帆柱を空に突きさしている。
 私は涙があふれた。

 借金だらけの私達親子三人が、東京行きの夜汽車に乗った時、町はずれに大きい火事があったが……。
「ねえ、お母さん! 私達の東京行きに、火が燃えるのは、きっといゝ事がありますよ。」しょぼしょぼ隠れるようにしている親達を私は、こう言って慰めたが、東京でむかえに来てくれる者は、学校へ行っている、私の男一人であった。
 だが、あれから、あしかけ六年、私はうらぶれた体で、再び旅の古里である尾道へ逆もどりしている。その男も、学校を出ると、私達を置きざりにして、尾道の向うの因の島へ帰えってしまった。
 気の弱い両親をかゝえた私は、当もなく昨日まで、あの雑音のはげしい東京を放浪していたが、あゝ今は旅の古里の海辺だ。海添いの遊女屋の行灯が、つばき[#「つばき」に傍点]のように白く点々と見える。
 見覚えのある屋根、見覚えのある倉庫、かつて自分の住居であった、海辺の朽ちた昔の家が、じっと息している。
 何もかも懐しい姿だ。少女の頃に吸った空気、泳いだ海、恋をした山の寺、何もかも、逆もどりしているような気がする。
 尾道を去る時の私は、肩上げもあったが、今の私の姿は、銀杏返えし、何度も水をくゞった疲れた単衣、別にこんな姿で行きたい家もないが、兎に角、もう汽車は尾道、肥料臭い匂いがする。

 午後五時
 船宿の時計が五時をさしている。待合所の二階から、町の灯を見ていると、妙に目頭が熱くなる。訪ずねて行こうと思えば、行ける家もあるが、それもメンドウクサイ、切符を買ってあと、五十銭玉一ツの財布をもって、私はしょんぼり、島の男の事を思い出した。
 楽書きだらけの汽船の待合所の二階に、木枕を借りて、つっぷしていると、波止場に船が着いたのか、ヴォ! ヴォ! 汽笛の音、人の辷り降りの雑音が、フッと悲しく胸に聞えた。
「因の島行きが出やんすで……。」ガクガクの梯子段を上って、客引きが知らせに来ると、花火のようにやけた、縞のはいった、こうもり[#「こうもり」に傍点]と、小さい風呂敷包みをさげて、波止場へ降りて行った。
「ラムネいりやせんか!」
「玉子買うてつかアしゃア。」
 物売りの声が、夕方の波止場の上を満たしている。
 紫色の波にゆれて、因の島行きのポッポ船が、ドッポンドッポン白い水を吐いていた。漠々たる浮世だ。
 あの町の灯の下で、ポオル[#「ポオル」に傍点]とヴィルジニイ[#「ヴィルジニイ」に傍点]を読んだ日もあった。借金取りが来て、お母さんが便所へ隠れたのを、学校から帰えったまゝの私は、
「お母さんは二日程、糸崎へ行って来る云うちゃったりやんで……。」
と、キテン[#「キテン」に傍点]をきかしてお母さんが、佗し気にほめてくれた事があった。あの頃、町には城ヶ島[#「城ヶ島」に傍点]の唄や、沈鐘[#「沈鐘」に傍点]の唄が流行っていた。
 ラムネを一本買う、残金四拾七銭也。








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Last updated  Apr 14, 2008 02:16:13 AM
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