日記帳
僕は、アウトドアやスポーツなどのほかに、古書収集という趣味を持っている。(高価なものは無いですが・・・)今から15年以上前、神田の古本街にある小さな古書店で、店の片隅で埃をかぶっていた古い日記帳を見つけた。何となく気になったので、その日記を手に取り頁を開くと、変色した古い白黒の写真が貼ってあった。その写真には、一人の兵士と、その兵士の妻と思われる女性と幼い子供が写っていた。兵士の着ている軍服から見て、ナチスドイツ軍の軍服であることはすぐに分かった。店の主人に、何故、こんな日記が売られているか訪ねたところ、明治大学へ留学していた外国人学生が、帰国の際、荷物になるということで、所有していた大量の本をその古書店に引き取らせたらしく、日記もその中に混じっていたとのことである。何故か、その日記には値札が付いていなかったので、値段を主人に聞くと、主人はちょっと困ったような顔をしながら「マニアだったら、けっこう良い値段で売れるんだろうけど、お客さんはマニアじゃないでしょ?う~ん・・・5,000円でどう?この手の日記は値段付けるのが本当に難しいんだよ。」というので、4,000円ならすぐ買うといったら、「まあ、置いといてもすぐには売れないだろうから、いいよ」と交渉成立であった。帰宅後、さっそく頁を捲ったが、万年筆で書かれた文字はすべてドイツ語なので、何がなんだか全く分からなかった。そのうち、ドイツ語の辞書でも買って自分なりに翻訳してみようなんて考えているうちに、再び僕の本棚でその日記は長く深い眠りに入ってしまった。それから10年以上経った頃、ネットで知り合い、連絡を取り合うようになったGさんにその日記の話しをしたら、Gさんが「僕が翻訳しようか。」と言ってくれたので、期限を定めないという条件で、翻訳をお願いした。Gさんは大学時代ドイツ語を専攻し、現在は商社に勤務してドイツ人への通訳も行っている。そんなGさんから日記が返ってきたのは、日記を預けて3年が経過した先月の終わりであった。Gさんから届いた小包を開封してみると、翻訳された文章がA4の紙、約60枚にワープロで書かれており、日記帳も3年ぶりに僕の手元に戻ってきた。ここのところ忙しかったので、昨夜、初めて翻訳された文章に目を通してみると、ポーランドに駐留していたナチスドイツ兵士の日記であることが分かった。まだ、よくは読んでいないが、日々の生活を記録形式で書かれているようで、いつ物資が届いたとか、無線が傍受しにくいとか、職務上のことを中心に記されているようである。情報が漏洩することを警戒したのか、作戦上のことや具体的な表現は記号とか、軍事呼称で書かれていたようであるが、ちょっと気になるのは、日記の随所に「処分」という単語が書かれていたようで、Gさんの翻訳でも「処分」という字で訳されていた。同封されたGさんの手紙によれば、ナチスの下級将校の書いた日記であるようで、「処分」という単語は「処刑」という意味の解釈も成り立つので、もしかするとユダヤ人に対して行ったことを意味しているのかもしれないと書かれている。さらに、ナチスは敗戦が迫ると、戦争責任を回避しようと証拠となるような書類や文献は焼却されてしまったものが多く、ナチスドイツ兵の日記帳はかなり珍しく、資料的にも価値があると思う・・とも書かれていた。もし、その兵士のことが分かり、本人が生存しているのであれば本人に、亡くなっているのであれば遺族に返してやりたい気もするが、自分を「私」と表現しているだけで、名前も記されていないことから、関係者への返却は不可能のようだ。この兵士がその後どうなったか・・・そんなことを想像するだけでも興味が湧いてくる。20年の間に集めて古書は約200冊。ほとんどが大正時代の日本の古書が多いが、ナチスドイツ兵の日記帳なんて、ちょっと珍しい逸品も本棚に眠っている。「なんでも鑑定団」に出してみようかな・・