オオカミがキタときゃ 尾はみなみ
「おおかみが来たぁ~」の少年は、本当にイタズラ者だったのだろうか。性善説を援用して、彼の言動を、好意的に解釈してみよう。彼がもし、平和な日常の中で人々が失いがちな狼への危機感を、注意喚起するために、わざと、叫んでいたのだとしたら、、、。映画をみる限りでは、アメリカの軍隊が出動するときに、こんなアナウンスがながれる。「これは、演習ではない。これは、演習ではない。」そうか。オオカミ来た少年は、「オオカミだ。オオカミがきた~。」の直後に、「これは避難訓練です。」とつけておけば、ただのイイヒトだったのに、、、、、。言葉が、足りなかったのだ。とはいえ、彼の思慮に欠けた言動がヒキガネとなって、混乱は起ったのである。 残念!もっと、万全を期すのであれば、「オオカミがくるかもしれないが、短時間の外出であれば、遭遇する危険はかなり少ない。とはいえ、外出を自粛しておいただければ、さらに安全です。」くらいにテイネイに説明すれば、だれも、セキニンをウンヌンされることは、なかったらしい。さて、エダノみつまめさんは、「影響はない」と、本来は言いたかったのだろうが、ごていねいにも「相当量を食べ続けない限り」として、万が一の危険にも、念のため言及する。慎重すぎるほど慎重なポーズなのだろうが、自信のなさにもみえてくる。さらに「出荷の自粛を要請しました。」と加えた。政府の判断がまちがっていたりしていても、出荷してしまった農家が被告とならないよう、十重二十重の予防線を張っていたのかもしれない。さて、言葉が足りなくって事件を起こすこともあれば、言葉が多すぎて真意が伝わらないこともある。杉樽も、オヨバ猿も、結果として誤解を招く。この誤解が、悪友の風評を呼ぶ。さて、なんらかの発言か行動があるから、風評が起る。東京電力のどの発言が風評を呼んだのか。よくわからない。どちらかといえば、風評の起りそうな話題は慎重にさけてまわり、波風のたたない情報だけを提供されていたように思う。騒乱を避け、風評を起こさず、治安の維持にはたした役割は高い。エダノ氏のあの発言は風評を巻き起こしたか。あぁ、きっと、あのきのアレね。と、合点がいくところが何点か。野党の憶測発言にも、風評のタネが見え隠れ。大量の情報を日々に目にする現代人は、情報の見極め能力も発達しているはず。よって、少数派の扇動によるスケイプ山羊なんてものは、20世紀に絶滅危惧種に指定されたと思っていたのだが、、、。群れを誘導する能力に欠ける牧人でも、風評を焚き付けることは得意だったりする。なくて一芸、と、いうことか。追記)さて、年中おなじ場所で国会をするのでは、議員さん方のテンションもあがらないのではないか。せめて、首相選びの時期だけでも、気分転換に、議場を遷されてはいかがだろう。大分県は高崎山が、50年ほど前から、ボスノザ争いの本場として、名を馳せている。【送料無料】高崎山のオスザルたち