統計の復活と「大当たりの年」
(30年ほどまえの、おおまかな記憶しかないので、ネット上であらすじを拾いながら書いています。)「大当たりの年」という短編SFがあり、自分が手にした2冊の短編集それぞれに収録されていたので、2回は読んだ。もう1回くらいくらい読んでいる気がするがさだかではないです。この短編のメインアイデアは、「それぞれに異なる周期で増減を繰り返している様々な統計データが、ある年に、すべてが最低値になると予測される。その時に、何が起こるのか。」というもの。簡単に言ってしまえば、13日の金曜日と、仏滅にくわえて、人間社会と自然環境のそれぞれが、同時に「厄年」で「大殺界」になるみたいな・・・。最大公倍数なんて言葉を知って間もなかった高校生には、不気味だった。本当に各周期の最低値が同時に起こるような気にさせられて。経済や、気象などの関係なさそうな統計が、データを増やしても同じ時点に収束していく。調べるほどに、追いつめられていく。逃げられない恐怖。でも、日本は平気だね。統計自体が、アバウトだから、そんなに「真剣」にうけとれない。じりじりと追い込まれるような「緊迫」がなく、どうせ「統計上」の予測でしょう、と、逃げる余地がのこってしまう。予算を組んで、そんなあまいものを作ってもなぁ。どうせなら、2~3割高くついても、「信じざるを得ない」というものに、できないもんかなぁ。