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平成の一桁のころ、屋台のおでん屋さんで呑んでいた。 すると、小柄な老婦人が、プラスチックの密閉容器と保温ポットをおやじに預けて、帰っていった。 「おでんはお任せで、お酒はお燗で2合を、」そんなふうな注文だった。 「15分くらいで、」とも。
若造な自分が 「家で燗をつければいいのに、」と口をすべらせた。
おやじが、鼻で笑ったが、珍しいことではない。 「あちらのご夫婦は、いつも二人できてくれる常連さんだったけど、旦那が体調をくずして外にでるのが難しくなったらしい。こうして買いにきてくれるだけでもありがたいことだ。」 いつになく、おやじがたたみかけてきた。 「このポットだってな。おでんだけじゃ儲けがうすい。酒もあわせて、ちょっとは売上をつけてやろうってことさ。いまどきの家には、こんな安酒より、もっといい酒がおいてあるだろう。」 「この容れ物だってそうさ。ウチに持ち帰りのケースがあるのは知っているのに、わざわざ持ってきてくれるんだ。」 その間も、おやじの目は鍋のうえを行き来し、たびたび小首をかしげる。 お客さんの好き嫌いを思っているのか、煮込みの加減をみているのか。 選び抜いたおでんを鍋の片隅にまとめると、時計に目をやる。 「きっと、飲食店で働いたことのある人なんだろうなぁ。わかってるんだよ。」 もう一度時計をみて、燗をつけはじめる。出したり入れたり、いつにはなく慎重に。
「ちょっと、はやすぎたかしら。」 お客が戻ってくると、親父はにこり。 「いえいえ、ちょうどです。」 ひとまとめにしていたおでんを器に移し、手のひらで温度をみてから酒をポットへ。 袋にまとめて、ていねいに割り箸2膳を載せる。 「割り箸は、いいですよ。もったいない。」
そのお客さんが去ると、自分の目の前で割り箸を振る。 (どうだ、わかってるだろ)と目が自慢している。 (はいはい)頭をさげて、負けをみとめた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年04月12日 09時27分36秒
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