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カテゴリ:日中友好と中国人とのお付き合い
岡山市日中友好協会新年講演会と御礼会 毎年総会にも出席しているのだが今年は都合で講演会と御礼会にのみ参加した。 講演会は我が岡山県出身の内山完造の生涯と題した片岡良仁氏の講演であった。片岡氏も内山完造先生と同郷の井原市の人である。 内山完造は薬のセールスマンとして上海に渡り間もなく一念発起して内村書店を経営したがその経営方針から当時の中国人有識者の支持を得て書店は彼等のサロンと化し彼は魯迅等文化人との親交があった。 その後日本の敗戦により強制送還されたが間もなく日中友好協会を組織し初代会長として日中国交回復に奔走し残留日本人3万人の引き揚げを実現した。 又1956年には魯迅没後20周年の式典に中国政府より北京に招待され上海も訪れた。 1959年中国人民対外文化協会の招きで再び北京を訪れたが倒れ間もなく逝去し上海の宋慶麗墓地公園に夫人と共に葬られた。 尚私は教会の訪中団に参加して彼の墓地にもその後復元された内村書店にも訪れている。 本年5月彼の生誕地である井原市では彼の没後50年を記念して北京より魯迅のご子息を招き講演会を催し併せて中国人留学生を招き日中文化交流を計画しているとのことであった。 片岡氏の講演 上海の内山完造夫妻のお墓 御礼会には毎年何人かの中国人留学生が招待されるが私は彼等と私の不味い中国語で話をするのを楽しみにしている。 今年は8名の男女留学生が来ていたが遼寧省の大連から来ている小姐が 私の中国語を良く聞き取ってくれたのが嬉しかった。 尚一緒に行ったF小姐は私とは同郷(遼寧省丹東)であり漢語の老師でもあるのだがもう数年前のことになるが協会に紹介したところ彼女の格段に巧い日本語がすっかり協会に気に入られて今では協会専属的通訳と中国語の教師となっている。 紹介した手前私も鼻高であるし彼女も喜んでいる。その彼女も4月からは社会人となる。 私の中国語を聞き取ってくれた王小姐(左)常連の顔見知りと我的同郷のH小姐(中) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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