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2009年02月19日
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カテゴリ:日常の出来事

久しぶりにS先生と・・・

今日は約束をしていたSさんが早めに公園に現れたのでペタンクを止めて近所の紅茶屋さんで暫しの間おしゃべりをした。当時Sさんは日中友好協会岡山県支部でいろいろと中国人留学生や永住帰国残留孤児のお世話をしていた北鮮から引揚た方である。

S先生は私がPCのメールを覚えたばかりの頃我的出生地丹東へ一緒に連れて行ってくれる同郷の中国人留学生が居ないかと誰とはなく問い掛けたところすぐさま心あたりがあるからと返事を呉れた方である。

彼が紹介してくれた小姐のお蔭で私はその留学生に戦後62年ぶりに生まれ故郷に行くことが出来たばかりか今日までお互いに持ちつ持たれつ親しく付き合っている。彼も彼女もいわば私には恩人と云える。

実は日本人孤児を養育してくれた今では老いた中国人の養父母たちの為に感謝の念を持って私財を投じて終の棲家(長春中日友好楼)を建て長春市に寄贈した笠貫尚章先生の偉業を後世に遺すべく先生の未亡人が綴った手記の販売をSさんに依頼していたのだ。

今日はその最後の1冊が売れた云ってその代金をわざわざ持って来てくれたのであった。

以前にも書いたのだが私は彼の未亡人と先年長春会の旅行でご一緒になった際是非ご主人の偉業を後世に遺すよう薦め同じツアーで親しくなっていた作家のH先生にもお手助けをお願いして自費出版ながら立派な本が出来上がり私も行きがかり上この本の販売に及ばずながら努力をしていたのであった。

当初は全く考えてもいなかった事ながら実はこの本に編者のたっての意向で私の満洲引き揚げ録が挿入されていたことも私が販売に力が入ったもうひとつの理由でもあった。

当初は全くの無名の編者がマイナーな出版社から自費出版した本ゆえに殆ど売れなかったが編者本人と関係者の努力によりある程度の販売がなり私も言いだしっぺとしてホット胸をなでおろしたものであった。

長春中日友好楼の記録(貫静江著)のコピー 15%.JPG DSC00491長春「中日友好楼」(笠貫先生敬建) 13%.JPG          夫の偉業を綴った自費出版本      衣笠尚章氏の名を留めた長春中日友好楼






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最終更新日  2009年02月19日 17時52分47秒
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