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カテゴリ:まるで日記まがい。
あれは確か、一昨年の春先のこと。
兄やんは、郡山から仙台に向かう電車に揺られていた。 2人掛けの座席が向かい合ったスペース、進行方向に背を向けた窓際の席。 前の席は空いていて、隣の席には40代くらいのおばさんが、斜め前の席にはたぶん同い年くらいの女性が座っている。 それぞれが、それぞれの2時間を過ごしていた。本を読んだり、居眠りをしたり…。 兄やんは音楽を聴きながら、にわかに色づき始めた早春の景色をぼんやりと眺めていた。 さて、前置きはこのくらいに。 暖かな日差しと、単調…な車輪…の音…に眠…気…が…段々…と…zzz。 「きゃっ!」。最も心地よい瞬間は、小さな悲鳴に一瞬にして終わりを告げた。 目を開くと、斜め前の女性が眉をひそめ、片手を口にあて通路を指差していた。 そこには…それはぁ、それはぁ、とんでもなくドデカイ『毛虫』が体をうねらせている。 毛虫の数秒後の到達予想地点は、通路を挟み反対側の座席。 そこには小説を読んでいる60歳くらいのおばさん、進行方向を向いて座っている。 毛虫のスピードは思いのほか速く、もう間もなくおばさんの足下に到達する。 恥じらいとかを気にする時間はなかった。 兄やんの隣に座っていたおばさんが、通路を挟み声をかけた「あのっ、そこにっ、毛虫が!」。 『きゃっ!』一瞬たじろいだ反対席のおばさんは、窓際の方へと腰を浮かし移動した。 覗き込んで行方を見守る、こちら側の座席の3人。 毛虫はスピードを緩めることなく、おばさんの足下に向かい進んでいる。 すると反対席のおばさんは、毛虫との距離を取った一瞬の隙をつき、バックからポケットティッシュを取り出した。 「あぁ、もしかしたら、ティッシュで厚く包んで、窓の外にでも捨てるのかな…」予想する兄やん。 ティッシュを2枚取り出し、毛虫にかぶせる反対席のおばさん。 「えっ、2枚じゃ、ちょっと薄いんじゃ…」兄やんを不安が襲う。 次の瞬間… 反対席のおばさんは…何を思ったか…右足を浮かせた。 そして… 履いていたヒールの踵を…毛虫めがけ…一気に………!! 踵がティッシュに触れる瞬間、隣席を覗き込んでいた3人は、目を背けるように体を起こし、顔を見合わせた。 「…。」「…。」「…。」 全く他人だった3人を、えも言われぬ一体感が包みこんだ。 さっきよりも美しい早春の景色が、車窓に流れていた。 間もなくして、車内アナウンスが流れた「終点、仙台、仙台、お忘れ物ないようご注意ください」。 3人は簡単に会釈を交わした。 隣席のおばさん、斜め向かいの女性の順に席を立った。 きっと、でも決して反対側の席に視線をやることなく。 一番窓際に座っていた兄やんは、一番最後に席を立った。 車内にはもう殆ど人が残っていない。 ドアへと向かっている途中、車内の点検に来た車掌とすれ違った。 嫌な予感がした兄やん。 電車を降りる瞬間、横目で捉えたのはあの座席に目をやる車掌の姿…。 そして… 人もまばらになった駅のホームに、叫び声が響きわたった。 兄やんは、改札へ向かうエスカレーターに足を踏み出した。 「あの時…すれ違った時に…たった一言、車掌に声をかけていれば…」。 罪悪感にかられながらも、ホームから流れる生ぬるい風に、念のため息を止めてしまう兄やん。 それでもエスカレーターは、兄やんを正当化するように、静かに静かに上り続けていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年09月22日 23時48分03秒
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