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テーマ:心のかたち、人のかたち(951)
カテゴリ:スピリチュアル
知り合いから紹介して頂きました。
止まったタクト~「1万人の第九」で起きた、前代未聞の“奇跡”】 by Takeshi Shiba on Wednesday, 21 December 2011 at 16:46 2011年12月4日(日)、大阪城ホールで開かれた「1万人の第九」。 それは例年とは明らかに違う、心が震える濃密な3時間でした。 冒頭、宮城県南三陸町の防災庁舎の廃墟が場内のスクリーンに映し出されます。 生中継の映像。 冬場の三陸地方特有の強風が激しくマイクを叩き、 ボコボコした音が生々しさを感じさせます。 そしてその廃墟の前から、自身も被災した福島の詩人・和合亮一さんが、 「高台へ」と題した自作の詩を朗読しました。 バックでは、佐渡さんが教えるスーパーキッズオーケストラの弦楽メンバーが、 「G線上のアリア」をゆっくりと奏でます。 和合さんは、津波が来ることを知りながら最後まで避難を呼びかけて還らぬ人となった、 若い女性職員の死を悼み、激しい調子で 「生きていてほしかった!」と叫び声を上げると、 1万人の場内は緊張に包まれ、すすり泣く声が漏れ聞こえました。 次に登場した、2年連続参加の平原綾香さんが、 「ひまわり」「ジュピター」など3曲を披露。 「日本のディーバ(歌姫)」と呼ばれる平原さんの音域の広い歌声が、ホール中を包み、 慈しみの心や人間愛が、歌詞から伝わってきます。 そして、これまで被災者の支援活動を積極的にしてきた平原さんが、 曲の合間に体験談を語り、皆が聞き入ります。 「被災地に行った時、ある学校のブラスバンド部の子に言われたんです。 『自分は両親を亡くしたけれど、音楽があったから、ここまで来れました』って。 それを聞いて、私も、歌に心を込めなければ、と思いました…」 同じく、被災地で支援コンサートをしてきた佐渡さんも、語ります。 「釜石に支援コンサートに行った時、地元のオーケストラが迎えてくれたんです。 3分の1の人が、楽器を流されて何も持っていなかった。 それでも会場に集まって、 “手拍子”で『上を向いて歩こう』の演奏に参加してくれたんです。 何も持ってなかったのに、一緒に“演奏”してくれたんですよ…」 そう言った後、佐渡さんは言葉に詰まりました。 泣いていました。 「もう、ボクは泣き虫なんですよ。すいません…」 音楽が結び合う、人の輪を、会場の誰もが感じているように見えました。 平原さんの「ジュピター(原曲はホルスト作曲「惑星」“木星”より)」は、 第1部の最後で、1万人がコーラスをつけるという演出。 普段以上のスケールで歌い上げられました。 休憩をはさんで、第2部の「第九」に。 耳の聞こえなくなったベートーベンがこの曲に込めた、 「すべての人間が“ひとつ”になる」という願い。 それを、2011年の現実と重ね合わせて、全身全霊を込めて表現する佐渡さん。 第1部で、佐渡さんは話していました。 「同じ第九の音符でも、今年は違うように見えるんです」。 そして終盤の有名な「歓喜の歌」の大コーラスが始まる直前、異変が起きました。 佐渡さんが、身をかがめて動かなくなったのです…。 巨大なスクリーンに映っていた佐渡さんの表情。 それは、演奏中に、手を合わせて、祈る姿でした。 震える両手。何かをつぶやいている口元。 目は閉じ、神頼みをしているような所作。 タクト(指揮棒)は、佐渡さんの両手に挟まれて、動きません。 指揮者が指揮をしない…。 5秒、6秒、7秒…。まだ動かない。 この前代未聞の出来事に、それでも演奏は続きます。 クラシックの演奏会ではありえない、ざわめきがホールを覆いました。 それは驚きであると同時に、誰もが佐渡さんに導かれるように、 祈りを捧げた時間でもありました。 演奏はそのまま、“世界最大”の第九の合唱へ。 大阪城ホールの1万人と、中継で結んだ仙台会場の1000人の歌声が響きわたり、 演奏は終幕を迎えます。 「ブラボーーーーーーーー!!!」 ホールのあちこちから絶叫が聞こえます。 拍手は鳴り止みません。多くの人が泣いています。 被災3県から集まった仙台の参加者も感極まっています。 佐渡さんや平原さんたちは、3度のカーテンコールに応えました。 (写真はいずれも過去の「1万人の第九」から) 佐渡さんの言葉です。 「震災を前に、音楽が無力であることを思い知らされました。 音楽には、人のいのちを直接救う力は無いけれど、 それでも何かをしなくては、と思っていました」 もちろん、大阪城ホールを埋め尽くした1万人、そして仙台会場の1000人(中には、被災地から来て頂いた被災者の方も多数参加)が泣けば、何かがすぐに解決するわけではありません。 ただ、参加し、共感し、大粒の涙を流したそれぞれの人が、 この日を出発点に、何か具体的な行動をしていく第一歩にしていければ、 今年、「1万人の第九」を被災地と結びながら開催した意味はあったと思うのです。 2011年の「1万人の第九」。 それは、たった一度きりの、奇跡の演奏会でした。 「音楽が、なぜこの世に存在するのか?」 その根源的な問いへの答が垣間見えたような、 誰もが深く心に刻んだコンサートだったのです。 2011年の日本で、芸術に果たせる役割があるとすれば、それは、 「人の心を突き動かし、 アクションを起こさせる動機を生み出すもの」 ではないかと、思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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