スポット探訪 京都・東山 東福寺・文月にふたたび -2 芬陀院(雪舟庭園)
本町通から少し東に入った場所に建つ「東福寺中門」から真っ直ぐ東に延びる参道は東福寺の「日下門」に至ります。この参道の北側に、最初にご紹介した「天得院」があります。この参道の南側にある東福寺の塔頭が「芬陀院」です。冒頭の写真は芬陀院の山門です。山門にむかって左手前に、「桃華殿好庭園 雪舟作」と記した石標が立っています。右の方には、「芬陀院 雪舟寺」と白文字で記された掲示板と「水墨画の雪舟の庭」と墨筆された掲示が出ています。私は東福寺を訪れる時は、北門を通り、臥雲橋を経て日下門に至るという参道を利用することが殆どでした。そのため、この芬陀院という塔頭をいままで意識していませんでした。7月初旬には、いつもとは違い「中門」経由で来たために、この石標と掲示に気づきました。「天得院」の庭とそこに咲く桔梗を眺めるという主目的を達成した後、芬陀院の山門が開いていたので、訪れてみました。 山門をくぐると、石畳の参道が真っ直ぐ南に延び、西側は高い生垣が続いています。参道の南端側では、左斜め方向に進む2つの参道となります。突き当たりは閉じた門と白い築地塀の向こうに十三重石塔が見え、手前の参道の左側は唐破風の玄関口です。これが参道の突き当たりにある閉じた門ですが、その右側の門柱に次の説明文の木札が掲げてあります。「唐門 宝暦五年桃園天皇中宮恭礼門院の御所より移築せり」と。この門自体は切妻造の屋根になっています。かつてはこの門も平唐門だったということでしょうか・・・・・不詳です。 山門横の駒札拝観の折にいただいたリーフレット、駒札、手許の本などを参考に、以下ご紹介をつづけます。 「大玄関」と説明されている建物の正面です。右側に唐破風の玄関口があります。ここが貴賓客を迎える玄関先なのでしょう。左側奧に庫裡への入口があります。拝観はこちらの玄関からです。芬陀院は東福寺の塔頭の一つで、創建は鎌倉後期、後醍醐天皇の元亨年間(1321~1324)に遡るそうです。当時の関白一條経通(つねみち:1317~1365)が、東福寺開山聖一国師の法孫にあたる定山祖禅和尚を開山として創建し、一條家の菩提寺としたといいます。手許の資料では経通の創建とされていますが、拝観時の入手資料では一條内経(うちつね:1291~1325)と説明されています。内経は経通の父親です。従一位関白・藤原氏長者になった人ですが、35歳で病死したと言います。父親の内経が菩提寺の建立を発願し、若くして亡くなるという事態になったため、子の経道が継承した形でこの塔頭が創建されたのかもしれないと想像します。内経の法号(戒名)が「芬陀利華院」で、経通の法号が「後芬陀利華院」です。寺名「芬陀院」はここに由来するようです。(資料1,2,3,4,5,6)因みに、「芬陀利華」というのは「白蓮華」を意味します。サンスクリット語(凡語)プンダリーカの音写です(『新・佛教辞典 増補』誠信書房)。この芬陀院は、二度にわたり堂宇が焼失しています。宝暦5年(1755)の火災の後に、桃園天皇(在位:1747~1762)女御恭礼門院(一条兼香女)の御所内旧殿を賜って移築したものが現在の建物で、明治32年(1899)に改築されているそうです。まず拝見した建物を撮っていましたので、改めて細部を観察しますと、 玄関口の唐破風の屋根の獅子口、軒丸瓦並びに蟇股には、一条藤の紋章が使われています。 兎毛通の意匠 蟇股の上部にある笈形の意匠は比較的シンプルです。虹梁も同様に簡潔な彫りで、柱の斗供は正面が白く塗られています。庫裡の獅子口と軒丸瓦には三つ巴の紋章が使われています。切妻部分の合掌部には三ツ花懸魚の形式です。 笈形は唐破の所と同種で、少し縦長にしたような感じです。 虫籠窓が設けてあります。そして、庫裡の入口を入ったところで、拝観の手続きをして南面する本堂に、西側から南の外縁に回ります。 本堂の南西隅でみた手水鉢 本堂の南西角から見た南庭この庭が雪舟庭園「鶴亀の庭」と称されています。水墨画家・雪舟(1420~1506)は、少年期を備中(岡山県)宝福寺で過ごしました。小僧時代に、修行をせずに絵ばかり描いているのを咎めた住職が、雪舟を本堂の柱にしばりつけます。縛り付けられた雪舟は涙で足元に鼠を描いたといいます。住職が後ほど様子を見に本堂を覗くと、雪舟の描いた足元の鼠が生きている鼠に見えたというエピソードは有名です。この宝福寺は、東福寺の末寺であり、この芬陀院とは深い法縁があったので、雪舟が東福寺の本山に来山した時は、この芬陀院で起居したと言います。当時の大檀徒であった関白一條兼良(1402~1481)が雪舟に亀を描くことを所望したところ、雪舟は筆をとることなく、この南庭に、亀を石組みで造出し、作庭したといいます。寛正・応仁期(1460~1481)に作られた禅院式枯山水の様式です。 本堂の外縁から庭に向かうと、右に「亀島」、左に「鶴島」が作られています。亀島は二重基壇に石組みされて、亀の姿が表され、一方鶴島は折り鶴の姿が表出されています。一條兼良の所望が亀の絵だったからでしょうか、亀島を中心とする作庭になっています。この南庭が雪舟作の庭園として伝わるところから、「雪舟寺」という俗称で呼ばれるようにもなっているのです。雪舟作として伝わるこの庭ですが、二度の火災遭遇と永い歳月のたために荒廃していたそうです。「昭和14年(1939)作庭家重森三玲(しげもりみれい)氏の手により、一石の補足もなく復元された」(資料1)といいます。 本堂の座敷から眺めた亀島 本堂の南東側から見た南庭本堂として使われている建物を東側外縁から撮った写真です。大きな鏧子(きんす)が置かれている座敷の右隣り(北側)の部屋に須弥壇があり芬陀院の本尊が安置されています。本堂の外縁を南から東に回り込むと、北端に茶室があり、東庭がまた趣のことなる「鶴亀の庭」として作庭されています。 こちらは、雪舟作「鶴亀の庭」を復元した折に、重森三玲自身が鶴亀の島を題材として新たに作庭した庭だそうです。そして、「南庭が亀島を中心とするのに対し、東庭は鶴島を中心に構成されていることを特色とする」(資料1)とか。東庭を本堂北東にある図南亭(となんてい)の前から眺めた景色お茶室の屋根の合掌部の下に、「圖南(となん)」の扁額が掛けてあります。石川丈山の揮毫によるものだそうです。この図南亭もまた宝暦の火災で焼失してしまっていたのですが、昭和44年(1969)の恵観公三百年忌法要の折に、復元された茶室だそうです。本堂の北側外縁から眺めた茶室の西側面 東側外縁の北端になる茶室の入口から眺めた室内 躙口のない貴人好みの茶室だそうです。恵観公とは、一條家第14代の関白一條恵観(昭良)で、後陽成天皇の第九皇子にあたるとか。茶道愛好者で、「茶関白」と呼ばれたとか。東福寺参拝の折には、この茶席図南亭での茶を楽しんだと伝えられているそうです。恵観像が安置されており、この茶室を「恵観堂」とも称するそうです。茶室の南壁面には、円窓が設えてあります。 円窓から真っ直ぐに南を眺めた景色 円窓傍での立ち位置、視角を変えると眺めの趣が変化します。本堂北側の東寄りは、茶席図南亭の露地庭になっています。 本堂の東の外縁から本堂の部屋越しに見える露地 苔蒸した庭に中潜戸が北に見え、飛石が茶席への客人を導きます。 潜戸を開けて内露地に入ると、左側に崩屋形灯籠が置かれ、その傍に恵観公愛用の勾玉の手水鉢が配されています。しっとりと落ち着いた内露地です。特別拝観の天得院の数多い来訪者のざわめきとは対照的に、たまたまかもしれませんが、ほんの数名の来訪者とすれ違うだけで、南庭、東庭の枯山水庭園、そして茶室と内露地の庭の雰囲気を静かに味わえるひとときを過ごせました。 参道を入ってきたときに、左に眺めていた建物を、寺を辞するときに眺めると、南側に花頭窓が設けられた建物でした。その切妻造の屋根の鬼板にも、一条藤がレリーフされています。一方、軒丸瓦は三ツ巴の紋章です。この後、日下門を通って、東福寺本山境内を訪れました。閉門までは、まだしばし時間がありますので、七月初旬の瑞々しい緑に溢れる「通天橋」とその周辺の境内を散策してみることにしました。紅葉の時期に訪れたことがありますが、この境内域に入るのは何十年ぶりという感じです。観光客の波が引いた後のひととき、静かに散策できると見込んでの拝観です。つづく参照資料1) 「雪舟庭園 芬陀院」 拝観時にいただいたリーフレット2) 『昭和京都名所圖會 洛東-上』 竹村俊則著 駸々堂 p443)『京都府の歴史散歩 中』 京都府歴史遺産研究会編 山川出版社 p1844) 一條経通 :ウィキペディア 一條経通 :「コトバンク」5) 一條内経 :ウィキペディア6)摂家 一条 :「公卿類別譜」補遺東福寺 ホームページ 東福寺境内と周辺地図人中の芬陀利華(ふんだりけ) :「全国浄土宗青年会」雪舟 :ウィキペディア雪舟 :「コトバンク」常栄寺雪舟庭 ホームページ雪舟とねずみの絵 :「NHK for School」雪舟、涙で鼠を描く 博物館ディクショナリー :「京都国立博物館」重森三玲 :ウィキペディア重森三玲書院・庭園 ホームページ重森三玲の庭園 造形美の世界 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれませんその節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。その点、ご寛恕ください。)スポット探訪 京都・東山 東福寺・文月にふたたび -1 天得院(桔梗の寺)へスポット探訪 京都・東山 東福寺・文月にふたたび -3 洗玉澗・月下門・愛染堂・芭蕉句碑 へスポット探訪 京都・東山 東福寺・文月にふたたび -4 東福禅堂、楼門、開山堂・昭堂と庭園 へスポット探訪 京都・東山 東福寺・文月にふたたび -5 普門院と庭園、回廊 へスポット探訪 京都・東山 東福寺・文月にふたたび -6 通天橋と洗玉澗 へスポット探訪 京都・東山 東福寺・文月にふたたび -7 臥雲橋と道沿いの塔頭群 へスポット探訪 [再録] 東福寺とその周辺 -1 塔頭の門前を眺めて へ 9回のシリーズとして、東福寺とその周辺をご紹介しています。 こちらもご覧いただけるとうれしいです。