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2泊3日の東京出張の帰りの新幹線22時。居を構える人々の生活の灯が車窓から通り過ぎてゆく。私の30代は新幹線での移動の10年であったと記憶されるだろう。
もう何百回新幹線に乗ったであろうか。数えることもできぬ回数である。 5月15日、千葉店をOPENさせた。溜まっていた予約だけで32件。物凄い数のお客様が当店を選んでいただいている。それ以上に東京の銀座店は、予約希望者でもう5月はお断り状態となっている。いかに今自分が仕掛けているビジネスが人々に受入れいただいているか、考えると恐ろしくもなる。勿論多くの協力者が居てこその結果である。感謝したい。 7月に銀座店を拡大移転させるために、今日は夕方から物件を不動産会社の人間とともに何軒も見てまわった。結果的に2軒ほどの目ぼしい物件を確保でき、私は満足するとともに、どっと疲れが襲ってきてしまった。それもそのはず、13日の金曜日は名古屋でそれなりのポジションの経営者の集まるプライベートの会に参加し、朝3時頃まで飲み、14日の東京移動時には夕食と2軒のバーで飲み、千葉店OPENの当日は、銀座でネェちゃんと食事、その後、元タレントとクラブの現役ホステスと合流し、酒を連続で飲んでいたことも原因である。 いずれにせよ、私は昨年の7~9月に大きな衝撃の渦に巻き込まれ、とても大切なものを幾つも失うと共に、5年間住んだ東京からの撤退を余儀なくされ、大きく人生を方向転換せざるを得なくなったのだ。そして半年間、また再び正攻法で東京の地にビジネスを携えて帰還できる嬉しさは一塩である。私は銀座という街がとても好きだ。麻布や恵比寿、代官山などを好む連中も多いが、歩きやすさ、街としての品、東京駅からのアクセスの良さなど、全て勘案すると、やはり私の東京ビジネスは銀座でしか考えられない。ただ、以前と大きく違うのは、過去この地で一緒に過ごした人達の残影とでしか出逢えないということである。 新幹線の車窓から見える家々の灯のように、人も通り過ぎてゆく。20代後半から数年間夢を共有したビジネスパートナーの顔、30代前半、私を東京に呼び寄せてくれた魅力ある感性を持つ経営者、同じ年齢、同じ感性だということで意気投合して多く企画を一緒に企てた仕事人、ベンチャーに身を投じる若手経営者の数々、濃密な時間を共有した忘れ得ぬ人の顔、東京で時間を共有したそんな人達の顔をぼんやり思い浮かべながら車窓を眺めると、いかに人は移り変わってゆかざるを得ない生き物なのだということを思い知らされる。 全てはここにあり、全ては立ち去ってゆく。この夏から秋にかけ、関東に3店舗。沖縄、九州に3店舗展開する予定である。こらから私はこういった地で、どんな出会いと、別れを体験するのであろう。明日は、私が家族のように10年以上付き合っていた社長が、いよいよ倒産の期に瀕しているために相談に乗らなくてはならない。私と時間を共有している人達がどんどん生きる形を変えてしまうことに寂しさを感じる夜の新幹線である。 KEN NOZAKI お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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