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宇宙エネルギーと潜在意識(解読...ジュネシーン)

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みなさま!
こんにちは∞

3日目の朝、私達は車に乗り気仙沼に向かいました。この日も夏らしくない低い気温で涼しい朝でした。一関から気仙沼まで車で約1時間半の距離です。

気仙沼のT子さんとの待ち合わせての場所に着きました。昼食までに時間があるので、私達はT子さんの車に乗り込み津波にあった気仙沼の中心街に案内してもらいました。

私は過去3回気仙沼を訪れましたので、街並みの記憶が残っていますが、これが現実?と思うくらい想像を絶する状態でした。

大潮の影響なのか全壊してしまった街のいたる所に海水が浸食していました。もう陸ではなく海の一部になっているようでした。暗い灰色の海に瓦礫の山と崩れた建物が点在し、カモメや海鳥が飛んでいました。


「5カ月たってこれくらいなんです。震災直後はもっとすごかったのです」と言っているT子さんの自宅も海水で囲まれて、近づくことは出来ませんでした。違う方向から回り込んで、T子さんのご主人が開業されていたS病院の前までどうにか来ることが出来ました。

震災の日、この病院が建っていたおかげで院内にいた人々だけではなく、近所の人々も逃げ込み助かったのです。

気仙沼は津波の被害に加えて、石油タンクが倒れ引火して、瓦礫や船に燃え広がり一面火の海になってしまいました。津波で流されずに残った家屋やマンションや会社などの建物も火災の攻撃を受け、黒く焼け焦げた姿でどうにか踏みとどまっていました。

気仙沼の復興はまず道路作りがなにより最優先のようです。亡くなった方や行方不明の方々のご冥福をお祈りして、私達は来た道を引き返しました。


正午ごろ、ある方が気仙沼に駆けつけて下さり嬉しい再会になりました。震災の日、快く私とN氏を受け入れてお世話してくださったIさんご夫婦の奥様です。「潜在意識のつながり…大いなる力…災害を乗り越えて(その2)」


私達は昼食を済ませいよいよ、今回の最終目的地の「旭が丘学園」に向かいました。学園は山の手の方角にあり、幸いに津波の被害はありませんでした。車はどんどん坂を登って行きました。「旭が丘学園」と書かれた表札の建物に到着いたしました。

児童養護施設「旭が丘学園」につきまして、気仙沼で生まれ育ったT子さんから詳しくご紹介していただきます。

          ……………………

 気仙沼市にある児童養護施設で、児童福祉法に基づき知事の認可
を受け、乳幼児を除いた満1歳から満18歳までの子供を預かって
いる施設です。
両親、あるいは家庭に諸般の事情のある子供、保護者のない子供、
虐待されている子供、また他の環境上、養護が必要とする子供を入
所させ育成養護することを目的に運営されています。宮城県ではこ
こ旭が丘学園1カ所だけなので、地元の子供というより遠方の子供
が多く入所しています。

学園は「社会福祉法人旭が丘学園」が運営にあたっていて職員の給
与はそちらから出ているそうです。毎年の予算も組みたてられてお
り、最低限の維持はしておりますが、施設の整備、予算以外の突発
的経費、子供たちの行事にかかわる経費等々は地元気仙沼の企業、
有志からの寄付によってまかなわれています。
たとえば、園の行事にお菓子を支援する商店、そばを支援するおそ
ば屋さんや時にはめずらしい献立を支援する料理屋さん、パンを提
供するパン屋さん、夏祭りには氷を支援する製氷会社、たくさんの
果物を支援する八百屋さん、食事の足しにと米や野菜を支援すると
ころ、そして何より現金を届ける事業所や子供会等。いろいろな形
の支援で「旭が丘学園」は運営されています。
しかし、今回の震災でその支援していた商店や事業所は被災し、自
分たちの生活もままならない状態に陥っています。なので「旭が丘
学園」の支援まで手が回らないのが現状です。園長は「今年度はな
んとかなるけど、来年度からはどうにも立ち行かなくなる・・・」
とおっしゃていました。
短期の支援と言うよりも長期にわたり支援をお願いできればと思います。

旭が丘学園の子供達の様子
 私が子供の頃から「学園」から通ってくる子供たちと一緒に学校
生活を送って来ました。子供のころは「学園」に入所している子供
たちの環境などは全く理解していませんでししたので、口を開かな
い子供、周囲に乱暴をはたらく子供、友達を作ろうとしない子供。
変わっている子がいるのが「学園」なんだと勝手に思っていました
が大人になり「学園」の内容を知り、自分の勝手な思いこみを深く
反省しました。もちろん我が子の同級生にも「学園」の子供達はい
ます。「学園」の指導員の方々と学校の連絡は密ですし、愛情を
もって育てています。成績の優秀な子も沢山いて、ここ数年は国立
大学に推薦入学をする子、現役合格をする子もおります。入所して
いる子供達も限られた環境の中で精一杯暮らしています。 子供を
もつ親として我が子と同様、みな幸せになって欲しいと願うばかり
です。我が家も被災をし多額の債務を背負っていますが、「学園」
には支援をしたいと考えています。

          ……………………
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園長先生に寄付金をお渡しいたしました。そしていろいろお話しさせていただきました。

T子さんのお話しにもあったように、この学園の運営資金は、地元の気仙沼の人々に支えられてきました。今は全国から寄付金が寄せられていますが、これから先気仙沼の産業が回復しなければ、学園の存続がどうなるのか、園長先生はとても憂いていらっしゃいました。

支援というのは、5年10年、あるいはそれ以上長期に渡って継続し続けるということが大切です。これから先、子供達のために全国的に支援の輪が広がるよう祈りました。

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帰る前に、子供達にK・Masatoshiのピアノ演奏を聴いてもらいました。目の前でピアノ演奏を聴くのは、子供達にとって初めてのことだそうです。

学園では長い間ピアノを使っていないので、音程が狂っているだろうとT子さんがこの日のためにピアノの調律師さんに調律を頼んでくれていました。

ピアノの回りに子供達や学園関係者の方々が集まってくれていました。

「エリーゼのために」「乙女の祈り」「ショパンの英雄ポロネーズ」「となりのトトロ」「世界でひとつだけの花」など数曲を披露いたしました。


次回また訪ねていろいろな曲を聴いてもらうと思っています。

最後に、「旭が丘学園」の園長先生から「御礼」のお手紙をいただきましたので、掲載させていただきます。

「拝啓、皆様にはますますご健勝にてご活躍の事とお慶び申し上げます。
 さて、この度の東日本大震災にあたり、皆様の温かい心とご支援ご協力を賜り衷心より感謝と御礼を申し上げます。
 この度の大震災は、気仙沼の商工業活動地域の殆どが壊滅的な被害を受け、当初は今後の生活がどうなることか大変さだけが感じられる状況でしたが、お陰様で、旭が丘学園の子どもたちは元気で過ごしており、全員がそれぞれの学校に通学し勉強や部活動に頑張っている事は幸いと思います。

 この様な事は二度と起こってほしくないとは思いますが、原発事故を含めていつ何が起こるか予想は出来ず、どこかで何かが起きた時そこで必要な事・物をいかに早く届けることができるかが大事な事と、又、将来に向けた長い目で見た支援の必要性について身をもって学ばせて頂きました。
 地域の皆様方も復興に向けて動き始めておりますが、私たちも子供達のため改めて生活環境を見直し、修復・改善を含めて整備をし将来の自立に向け支援に努めていきます。
 皆様にはそれぞれに本当に気持ちのこもったご支援を頂戴致しましたこと改めて感謝し、今後とも宜しくご協力賜ります様御願いし御礼と致します。 謹白」






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Last updated  Mar 5, 2012 04:26:11 AM



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