命日
ハイ、題名の通り今日は命日です。誰かって?(キイテナイ)いわく、モトカノさんです。中学二年(一年前)の今日に、彼女が病気(白血病)で死んだんです。あの時は泣いた。ずっと、泣いた。泣き止まなかった。あの人を失った悲しみは、いくら泣いても消えなかった。誰とも話さなかった。友達に励まされても何にも感じなかった。考えられなかった。ただ、彼女がいなくなったという悲しみだけが、一週間ほど頭の中を占めていた・・・ 病気を恨んだ。すごく。すごく。そうやって、僕の中に恨む、という感情も生まれた(正確には、戻ってきたというべきか)。それから、徐々に徐々に復活した。 だから、今日は今の彼女と一緒に墓参りに行った。俺が“あいつの墓参りに行って来るよ、今日、あいつの命日だから”といったら彼女はあたしも行く、といった。バスでお墓まで行き、花を買って供えてきた。礼拝をしていると、自然にその人の姿が浮かんできた。まっすぐな笑顔。気付いたら、泣いていた。ただ、泣いていた。涙が、止まらなかった。一年前とかわらなかった。何もできなかった自分に、情けなさを感じ、泣いていた俺。一年前と、同じ。いや、一つ、変わったことがある。今は、隣に世界で一番大切な人―――彼女がいる。その人は、僕の全てを受け止めてくれる。だから、僕もその人の全てを受け止める。悲しみも、笑顔も、哀れみも、悔しさも、全て。 そんな彼女について、今日墓参りから帰るときに考えたことがある。モトカノは、結局僕は守れなかった。たとえそれが病気だったとしても。だから、今の彼女を守ろうと思う。絶対に。何があっても。そして、モトカノのことを一生忘れないことにした。でも、ひとつだけ・・・↓俺は、モトカノが死んでよかったと思う。それは、死んで欲しかったというわけではなく(もちろん、生きて欲しかった。ずっと、ずっと)、モトカノ、僕のように悲しむことがなかったからというイミで。モトカノを、こんな辛い思いをさせたくない。好きだったモトカノに、“好きな人が死んだ”という事を体感して欲しくない。こんな思いをするのは、俺一人で十分だ。だから、モトカノのことを、これからも背負っていく。ずっと、ずっと。 ちなみに、あの詩(失った・・・ってやつ)は、モトカノのことです。