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カテゴリ:産婦人科医療
T細胞白血病・・・・聞き慣れない病気だが、HTLV-1というウィルスによって引きおこされる血液の癌である。30年ほど前から知られている。
このウィルスは母乳によって母親から子供に感染する。 最近になって厚労省はHTLV-1検査を全妊婦に行うよう検査を公費負担とする決めた。 これによって日本では本人が拒否しない限り妊婦全例にHTLV-1検査が行われることになる。 正直言って今更なんで厚労省が騒ぎ出したのかよくわからない。実は20年以上前に私が勤めていた病院ではすでに妊婦全例にこの検査を行っていた。おおよそ200~300人に1人が陽性者だったと記憶している。しかしその後検査をやめてしまった。不要な混乱を招きやすく、患者とのトラブルが続いたからだった。 大体このようなスクリーニング検査を行うときは、もちろん医師から簡単な説明はするが、患者はごく軽い気持ちで検査を受ける。公費負担となった以上どこの病院でも必須の検査となれば、敢えて拒否する人はほとんどいないだろう。 ところが陽性に出た場合、患者はかなり混乱する。 T細胞白血病・・・白血病という名前は患者を混乱させるに充分である。確かに致死的な病気ではあるが、HTLV-1陽性(発症していない場合キャリアという)であってもT細胞白血病が発症するのはずっと後のことで、しかも発症頻度はかなり低いのである。 子供が母親から感染した場合、発症するのは40歳以後であり、しかも生涯発症率は3~5%である。キャリアであってもT細胞白血病以外の病気で死ぬ可能性の方がずっと高い。 その程度のリスクであることをまず知る必要があるが、陽性と知らされた人にとっては突き落とされた気持ちになる。 本来おめでたい妊娠で病院に来て、全く身に覚えのない発癌ウィルスのキャリアであると宣告され、それが母乳によって赤ちゃんにうつるとまで言われるのである。 リスクを説明すると頭で理解はしてもらえるが、せっかくの妊娠にケチをつけられたようで本人としては全くいい気持ちではない。 「これから母親になろうというのに、白血病で死ぬなんて・・・」という思いが中々消えない 赤ちゃんに感染させないためには、母乳をあげないことが最も確実なのだが、これがまた受け入れてもらえないことが多い。母乳をあげられないことに罪悪感を感じる人が多いのである。 最終的に母乳育児をあきらめるか否かは妊婦自身が決めることになるのだが、上記程度のリスクを予防するために母乳をあきらめるのが100%正しいかどうか難しい問題である。 母乳をあきらめれば 「私が悪いばっかりにお乳すらあげられないなんて・・・」 となるし、授乳すれば 「これによって発癌ウィルスをこの子にうつすことになる・・・」 とどちらを選択してもつらい思いが残ることになる。 挙げ句に、こんな検査を行った医師にうらみを持つ妊婦さえ出てくる。検査前に説明しておいてでもである。(これが検査をやめた一番の原因だった) 我々医療側からみれば、現在の人工乳は母乳と比べてほとんど遜色はないので、母乳をあげられないことに対して卑屈になる必要は全く無い。子供が大人になったときの死亡原因の一つだけでも消しておこうという軽い気持ちで人工乳保育すればいいだけのことなのだが、そうは割り切れない妊婦の方が多い。 厚労省が決めてしまった以上、うちの病院でも検査を始めなければならないが、リスクの割りに罪深い検査というのが私の率直な感想であり、確実に毎年何人かはキャリアがみつかることを思うと気が重い。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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